隆 麗司 乱倫のバラード
目 次
第一章 年上の女 寿美子
第二章 朝のリビングルームで 沙登子
第三章 最初の熱い蜜 圭子
第四章 浴衣の女 香緒里
第五章 淫らなアトリエ 由加
第六章 星空ホテル 芙美子
第七章 アパートの女 由紀
第八章 最後の妻狩り さゆり
(C)Reiji Ryu 1987
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第一章 年上の女 寿美子
1
新大阪を早朝に発車した「ひかり」××号は定刻きっかりに東京駅新幹線プラットホームにすべりこんだ。
「ビジネス特急」とも呼ばれる朝の新幹線には背広をきちんと着た会社員が殆どである。
梅田功一もその中にいた。彼は少し機嫌が悪かった。というのは車内から南川寿美子に電話をかける予定だったのに、つい寝込んで東京へ着くまで目がさめなかったからだ。
書類カバンひとつの軽装で、梅田はプラットホームに降り立つと、真っ先にキオスクに並んだ公衆電話に近づいた。ちらっと時刻をたしかめる。十時十五分であった。
(まずかったな、この時間は彼女は買い物に出かけているんだ)
梅田は舌打ちをしながら寿美子の家のダイヤルを廻した。三台並んだ公衆電話には、出張帰りの報告を入れる商社マンが受話器を握って会社の上司としゃべっている。
梅田は送話口を掌でおおい、周囲から隠れるように背をかがめて相手の声を待った。
「もしもし、南川でございます」
懐かしい寿美子の、円みのあるアルトが受話器の中からきこえた。
「ぼくだ。今、東京へ着いたんだ」
寿美子の声をきいて梅田は急に緊張がほぐれ、弾んだ調子でしゃべりかけた。
「会社には夕方帰るといってある。だから一日フリーだ。会えるんだろう」
すると、いつもは二つ返事の彼女なのに、今日はどうしたことかあわてた様子で語尾を濁らせたのである。
「はいさようでございますか。ありがとうございます」
急に改まった言葉つきに変わり、切り口上で応対してきた。梅田は、ははん、と納得した。
まずい人間が側にいるのだ。近所の奥さんか、それとも……。
そこで彼は一方的に用件を告げた。
「一時間後にいつもの場所にいてくれ。先に行っている」
返事を待たずに通話を切った。朝からデイトの連絡を受けてあわてた寿美子の様子が目にみえるようだった。
梅田は階段を降りて地下コンコースを歩き八重洲口の地下飲食街にある喫茶店へ入った。朝から胃袋へ何も入れていないのだった。今朝は五時半に起きて宿泊先のビジネスホテルをとび出し、新大阪駅へタクシーを走らせて、指定席を買った「ひかり」にとび乗り、そのまま再び寝込んでしまったからだ。
モーニングサービスのサラダとトーストで腹ごしらえをした。寿美子と会う場所は千駄ケ谷のホテルである。
寿美子と梅田は二年ほど、このホテルで会っている。寿美子は三十四歳で梅田より七歳も年上であった。
トーストを食べコーヒーを飲みながら、寿美子ともずいぶん永くつづいたものだと梅田は感慨を新しくした。梅田は独身だが、彼女は人妻であり、十歳になる女の子の母親である。
子供の世話が大変で、なかなか会う時間が作れなかった。家庭の主婦が自由に動けるのは朝、夫を勤めに送り出し、子供を学校へ出したあとの数時間だけというのが現実であろう。昼を廻ればまず子供が学校から帰ってくる。最近は校内でいろいろクラブをやっているから四時すぎになる日も少なくない。でも夕飯の仕度やら片づけやらが溜まって、結局朝から昼までの数時間が若い主婦のフリータイムである。寿美子も例外でなかった。
だから、彼女と二人だけになるには梅田のほうが無理をしなければならなかった。幸い、調査マンの彼は何かと口実を作って、昼すぎに出社できる立場にいる。
出張帰りを巧みに利用するのも彼がひねり出したアイデアであった。
だが、寿美子とも別れの時が近づいていた。梅田は間もなく結婚するのである。年上の人妻といつまでも遊んでいられないのだ。
恐らく今日の出逢いが最後になるはずだった。二年の間さいなんだ人妻の熟れ切った肌を今日はたっぷりと賞味しなくては。
梅田はいつもより燃え立ってくる熱いものを噛みしめて駅前からタクシーに乗った。東京駅から千駄ケ谷まで国電に乗れば十四、五分である。何もタクシーを使う必要はないのだが、梅田は女と会う時はいつもタクシーに乗ることにしている。一種の見栄も働いているし、デイトするのに電車に揺られて行くのはあまりにもダサい感じでいやなのだ。
寿美子と落ち合うホテルは、千駄ケ谷から原宿方面へ走る明治通り沿いの並木の美しい住宅地の裏手にあった。和風の造りであまり目立たない。人目を忍んで会うにはうってつけの場所といえた。
表通りでタクシーを降りてから、もう一度時刻を確かめた。東京駅から三十分かかった。足早に馴れた道をたどり、タバコ屋の角を曲がると「HOTEL、森林」の看板が目に入る。玄関は格子戸風に作って打ち水がしてある。
ウイークデイの昼前は、人通りも少なくて他人の目を意識する必要もなかった。玄関に入ると和服姿の女が出てきて梅田をみて、ちょっと目を伏せ、「どうぞ」と先に立った。常連客を迎える物腰だった。
二階の奥まった六畳に通された。次の間は四畳半でそこに蒲団がのべてある。
「お風呂は召しあがりますか」
と女中はきいた。
「ああ、入る。すぐ連れが来ると思うがね」
「はい」
立ちかけた女の帯に札を押し込んだ。いつもの習慣だった。事が終わるまで、お茶一つ運ぶなという合図である。
梅田は最近の手軽なラブホテルを使うのを好まなかった。相手の寿美子も、ただ肉の饗宴のためだけに提供されている安っぽいホテルを借りる味気なさを嫌う癖があった。
座蒲団にあぐらをかき煙草を吸う。ガラス戸から早春の陽がこぼれる。どこかで鳥のさえずりがきこえる。
上着をぬぎ、風呂に入ろうと手拭いを取った時、電話が鳴った。受話器を取ると寿美子の声がきこえた。
「なんだ、どうしたんだ」
「すみません、今日は主人が急に休んだのよ。だから出られなくて」
「今、どこから掛けているんだ?」
「新宿の駅です。主人も一緒なの、ちょっと買い物をしてくるといって別になって掛けたのよ。ごめんなさい。今日はだめよ」
つっぱねるような言い方に梅田はカッと熱くなった。理由はなしに腹が立ってきた。待ち呆けを喰ったよりもみじめな思いが湧いた。
「何言ってるんだ。それならそうと、さっき断わればいいじゃないか」
「でも突然だったので、びっくりして」
「いいからこっちへ来るんだ。旦那なんか適当にはぐらかしてしまえ。せいぜい一時間半じゃないか。口実は何とでも作れるだろう」
「だって、無理よ」
寿美子はおろおろしていた。
「来なければ今夜きみの家へ押しかける」
「そんな」
押し問答は結局梅田が勝った。寿美子は来ると言った。
梅田はすっかり白けてしまった。折角盛り上がってきた感情に水をぶっかけられたような気分だ。
よし、今日は目いっぱいヒイヒイ言わせてやる。
風呂から上がった時、襖障子がそうっと開いて、寿美子の少し蒼ざめた顔がのぞいた。
「ごめんなさい、さっきは」
もじもじしている。
萌黄色のニットツーピースに、オパールのネックレスがゆれている。濃い目に化粧した顔がまっすぐに梅田をみつめていた。
「昔のお友だちの家へ寄ってくると嘘をついたのよ」
大柄な体格で百六十センチはある。目鼻立ちの派手な首の細い女だった。唇を歪めて笑う表情が、柴山圭子にそっくりだった。
柴山圭子は、梅田の童貞を破った女である。梅田が十五歳になった年の春のことだった。
「こっちへ来るんだ」
梅田は、いきなり寿美子の腕をつかんで部屋へ引きずりこんだ。強い男の力に引かれて寿美子はよろけ、畳の上に横坐りの形で尻をおとした。
「なにするのよ、いや!」
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