赤松光夫 スワッピング
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結婚するなら
1
「ねえ、今晩つきあってくれないかなあ……」
「そうね。でもさ、もうそろそろあなたともおさらばだわね」
大学の構内で、白石美穂は、話しかけて来た久木に笑顔を見せながらも冷ややかな態度を示した。
夏休みが終わったばかりの大学のキャンパスである。当然、夏休みの間、久木は田舎の親許にいたため、およそ一カ月ぶりの再会であった。
彼らは、ともに大学の四年生であり、すでにボーイ・フレンド、ガール・フレンドという関係以上に進展しており、卒業すれば結婚してもよいと久木は考えていた。
「冷たいこというから、ドキッとしたぜ」
その夜、久木のアパートで美穂を抱きながら、久木は、肩をすぼめて呟いた。
「そう、でも、本気よ。あたしその気になってるのよ」
「どういう心境の変化だよ」
「だって、来年卒業よ。あなたはまだ就職も決まってないし、たとえ勤められたにしろ、どこで暮らすことになるかわからないじゃない」
「しかたないよ。それは……」
「でも、あたしは、東京から離れたくないの」
「ぼくも必ず、東京に残るよ」
「無理しなくていいの。フフ、それより、さあ、早くあたしの体に火をつけて――。あたし今夜は帰らなきゃいけないんだから……」
そういい、美穂のほうから、久木の体を抱きしめて来た。
その時まで、久木は、これが美穂の最後のつもりの抱擁だとは気づかなかった。
積極的に美穂は求めて来たが、久木は、しばらくぶりのことだし、あんなことを口にして、自分を試しながら、情欲のままにふるまっているのだと思った。
外形は小柄だが、衣服を脱いだ美穂は、思いのほかに肉づきもよく、しかも贅肉もなくて、バストやヒップは豊かな上に、肌はきめこまかで白く、しかも締まった肉づきをしていて、性能のよいトランジスタといった感じであった。
顔は小さい。しかもあどけない少女のような微笑がいつも顔に漂っている。
それだけにしばしば久木も騙される。しかも子供とも大人のものともつかない好奇心を発揮するし、セックス途中に、
「あっそうだ。あれやってみたいわ。この間、本で読んだのよ。ええ、ちょっと待ってね」
と、彼を腹の上からおろし、一生懸命に週刊誌を繰ってみたり、時には、そのまま裸の上にジーンズだけはいて、公衆電話にかけていって、友人に訊いて帰り、
「わかった、わかった。ねえ、やって――」
と、彼になんとも奇妙なヨガのような恰好をさせて始めたりする。
それだけに、その夜、
「今夜が最後よ。あたしは、心を入れかえて、卒業まで猛勉強するんだから、セックスはこれが、最後……」
などといいながら、
「ダメ、ダメ、まだいっちゃダメ、もう少しやってよ」
などと、彼に様々なポーズをとらせる。
しかし、久木は、それも彼女の気まぐれさが、そんなふうにさせて、自分を情欲にかりたてているのだと、行為に移ってからは特に気にはしなかった。
いや、そうしながら彼に甘え、求める美穂のあどけない少女のような顔を見ていると、自分にぞっこん、参っているとさえ久木は思った。
それから三日ほどして、学生食堂前で顔をあわせた久木は、
「今夜どう?」
と、声をかけると、美穂は、
「ダメよ。この間いったでしょう。あたし、心を入れかえたのよ。もう、ダメよ」
と、クールな拒絶反応を示したのであった。
「おい、本気なのかい?」
と、久木が改めて問いなおすと、
「当然よう――」
と、小さな唇をとがらせていう。
「まあいい。それじゃ一緒に、昼飯でも食べながら話そうじゃないか」
と、たかをくくっていうと、
「先約があるの。万金でトンカツご馳走してくれることになってるの――」
そういうと、さっさと駆け出してしまった。
久木の通っているS大学は、女子学生が約半数以上を占めており、生活程度の高い家庭の子女が多く通学していたが、男子学生のほうは、どちらかというと雑多であった。
トンカツ屋〃万金〃は、大学の正門を出て二、三分の場所にあるが、高級住宅地のこの場所にあって、かなり有名なトンカツ屋で、学生の昼食用には、少々高級過ぎた。
「ようし、一つ贅沢するか――」
久木は、美穂のあとを追うように万金に出かけてみた。
広くもない店は、客でごったがえして、入口で待っている客もいた。
しばらく久木も立っていたが、奥のカウンターの向こうのテーブルに美穂の顔を見て、オヤっと思ったのだ。
彼女と親しそうに一緒に食事しているのは上城という大学の心理学の教授で、この大学の教授の中では、最もジャーナリスチックな活躍をしている人気教授であった。
小柄な男だが、テレビのショー番組には重宝な人物で、深夜番組にもよく顔を出す一方、〃上司と部下の性格診断〃などといった通俗的心理学のハウツー著書が、ベストセラーになるなどして、学生にも人気があった。
久木は美穂とはサークル活動で知りあい、学部は経済で、文学部の美穂とは異なっていたが、それでも上城教授のことはよく知っていた。
いつから親しくなったのだろう。
久木はいぶかしく思った。
しかし、相手が教授であると、そうそうぶしつけに押しかけていくわけにもいかず、さりとて、それを遠くから眺めている訳にもいかず、トンカツを諦め、久木は店を出た。
それでも内心は安堵していた。
あれが、ほかの学生であったりしたら、久木は、やはり嫉妬心を煽られたに違いなかった。
その日の午後、講義を受けている美穂を待ち受け、終わるなり教室を出てくる彼女を久木は、とらえた。
「おい、いつの間に上城教授と親しくなったんだよ」
と、やや訊問口調で、ノートをかかえている美穂にいうと、
「どうして知ってるの?」
と、反問した。
「万金へ行ったんだ――」
「そう。卒論で児童心理学の問題を扱ってるのよ。だから、前から指導していただいてるの。夏休み前からよ。まあ、それにゴマもすっておかなくちゃね」
と、可愛い鼻の頭に縦皺をつくってみせた。
「なるほどねえ。文学部は卒論があるんだなあ」
「そういうこと――」
自信たっぷりに美穂はうなずき、足早に正門に向かう。
それに従いながら、
「ねえ、今夜どう」
久木は、執拗に問うた。
ところが、
「もう終わったといったでしょう。男なら、男らしくしてね。でないと、あたしいや――」
と、美穂が駆け出し、初めて久木は、今までと違う美穂を感じたのであった。
なぜ急に変わったのか。彼女の言葉通り、卒論のためなのか……。
その程度のことで……。それにあの美穂の拒絶の言葉の持つ響きが、毒針のようにささったまま久木の胸でうずいた。
夏休みの間に彼女の身の上になにかが起こっているのではないか、急に久木は不安になり心配になった。
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