官能小説販売サイト 田宮真 『魔性の秘唇』
おとなの本屋・さん


田宮 真    魔性の秘唇

目 次
第一話 媚肉の誘惑
第二話 ファック情死
第三話 欲望の肉塊
第四話 熟れ熟れ花芯
第五話 不倫の淫棒
第六話 仕返し性炎
第七話 肉宴さすらい
第八話 ビジネスは秘唇で

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   第一話 媚肉の誘惑

     1

 販売係長の鈴木俊彦は、机上の電話メモの番号へダイヤルをまわした。しばらく応答がなかった。
「はあ〜い、どなた」
 ものうい女のだみ声が返ってきた。
「さきほど、お電話を戴きました、銀座・すいどうの鈴木でございます。ちょっと席をはずしておりまして、申し訳ございませんでした」
「あ、鈴木さん、わたし、大辻」
「えっ? 大辻さまとおっしゃいますと……」
「そうだわね、名前を言ってもすぐには分からないわよね。わたし銀座のクラブ〃不夜城〃のママよ。わかった? ウッフフフ。わたしネ、まだベッドのなかなのよ。ごめんなさい。ところでね、指輪を見せて戴きたいの。ダイヤモンドがいいわ。今日これからすぐ来てくださるウ」
「さようでございますか、有難うございます。ぜひお伺いさせて戴きます」
「家、わかるわね。名刺差上げたでしょ。説明しなくちゃいけない……」
「いや、結構ですよ。探すのは慣れてますから。タクシーを飛ばして伺いますので、そんなにお待たせしないと思います」
「ねええ、あなたが来るのよ、いい。かわりのひとじゃ駄目よ。わかったわね」
「はあ、承知致しました」
 鈴木はおかしな客だと訝りながらも電話を切った。まあこれも何かの縁だろう。そう思った。後に殺人事件に巻き込まれるなんて、夢想もしなかった。鈴木は昨夜、無造作に入れた胸ポケットの名刺を眺めた。こちらは客のつもりだ、挨拶に来た女の名刺など別段気にもとめていなかったのだ。
 昨夜は香港の宝石バイヤー二人を『不夜城』に招待した。翡翠堂からほど近い店だが、利用したのは初めてであった。鈴木は、大辻美香を思い返していた。たしか、席に着いて間なしに彼女は挨拶にきた。色白で、派手な柄だったが和服がよく似合っていた。ただ、かなり若づくりにしていたが、四十路はとっくに出ているなと感じた。痩せ型のわりには胸や臀部の張り具合が妙に肉感的に発達していた。そして、かなり男の味を知った、豊かな肢体だろうと、想像していたのを思いだした。
(これからすぐか、まいったなあ。まあ、なるようになるさ)
 鈴木は今朝一番に、常連客の大手総合食品メーカーである島田物産の重役、奥谷隆一郎氏夫人を訪問する約束になっている。夫人とは何度か訪れているうちに、おきまりの男と女の関係も出来て、親しい仲だった。
(仕方がない。奥谷夫人をうまく言いくるめて、時間を調整しよう)
 鈴木俊彦は翡翠堂に勤めてから、まだ二年と少ししか経ってはいない。W大学で一緒だったかどもり竜治が、失業していた俊彦の境遇を知ってひろってくれたのだ。
「将来、おれの片腕になってもらう、頼むぞ。まず販売係をやってくれ。なんと言っても世間にもまれるのが、一番いい勉強なんだ」
 とベテラン揃いの販売係にまわされた。係長になったのは、つい最近のことだった。それまで鈴木は、自衛隊の特科連隊の幹部だった。二十六歳で二尉に昇進していたのは早い方である。隊でも将来を嘱望されていたが、部下が政治的運動にかかわっていた。新聞の一面に報道されるような事件になり、上司としての監督不行届きを叱責されて、潔く責任を取った。居心地はよかったが、在任五年を思い切って退役したのも、まだ独身という気安さがあったからだった。
 大辻美香の自宅は中野区江古田四丁目だった。近い番地でタクシーを捨てた。四つ角の薬局で聞いた。
「あ、そこでしたら、ほら、鉄平石張りの大きな門が見えますでしょ。あのおやしきですよ」
 女主人がにこやかに笑って教えてくれた。
 邸内にはけやきもみいちょうの大木が繁茂しており、どっしりとした門構えの邸宅だった。
 玄関に立って呼鈴を押した。ややしてから、大辻美香自身が膝小僧まで見える、短いネグリジェ姿で現われた。
「こんな格好で、失礼させて戴くわ。ゆうべ遅かったのよ。まだねむたくて頭が重いの」
 美香はこめかみを左手でもみながら甘ったるい声で言って、応接間に案内した。室内はヨーロッパ風の暖炉まであって、贅を極めた見事な造りだった。
「お茶がわりにいかが。この方が面倒臭くなくていいものね」
 美香は微笑を鈴木に向けて、棚から高級ウイスキーを取りだした。
「お手伝いの実家に不幸があってね、三日前から帰られちゃってるのよ。不自由で困ってるんだけど、仕方がないものね」
「あの……ご家族の方は?」
「ご家族ですって、あっははは」
 突然、男のような声で美香が笑いだした。
「おいでになって分かるでしょう。はい、ご家族は、私ひとりなのでございますのよ」
 美香のふるまいやしぐさには、昨夜の酒がまだだいぶ残っている様子だ。
「昨夜、あなたを一目拝見して、とても男らしい方だなあって感じちゃったの。その濃い眉と眉の迫ったきかん気な感じ、厚い胸のがっしりした体格の印象も素敵よ。私、惚れっぽいたちだから、すぐそんな気になるのかしら」
「おほめにあずかって、大変光栄です」
 鈴木も相手をそらさない応待術がすっかり板について、談笑しながら美香に合わせていたが、彼女のペースに巻き込まれそうな気がしていた。
「じゃあ、飲みながら見せて戴くわね」
 美香はグラスを持ち、ソファーに凭れると体を深々と沈めた。鈴木はアタッシュケースをレースのテーブルの上にそっと広げた。燦然とダイヤモンドが輝いている。妖しいまでに誘うような宝石の光であった。
 鈴木は革ケースの中から、拡大レンズを取り出して、美香の前に置いた。
「ダイヤったら、いつ眺めても心憎いほど誘惑してくるわね」
 ダイヤを見る美香の目つきが妖しい光を放っている。美香は一文字やファッション指輪をさけ、立爪で固定されたティファニー・タイプのラウンド・ブリリアンカットの指輪をめている。鈴木は、彼女の左右の薬指に嵌まっている二個の指輪に視線を惹きつけられた。女にはやや太めのプラチナ・リングである。二カラット以上はあるダイヤであった。どう値ぶみしても五百万円はするだろう。
 美香は沈黙した鈴木の視線が、自分の指にそそがれているのを感じたのか、顔をあげて誇らしそうに言った。
「これ、銀座の東金堂でパパに買って貰ったのよ」
「立派なお品ですね」
 パパとは、薬局で聞いた、先頃亡くなった元大臣のことらしい。豪邸も遺産の一つなのだろうか。
 美香は目にとまった指輪の一つ一つを指にはめて品定めをしている。
「大きいダイヤもあったのですが、カラーやクラリティーに不足があって。今はキャラサイズが少なくなりました、ええ」
「ううん。そうなの……」
「しかし、我が社のは、正真正銘のデビアスダイヤですから、ご信頼下さい」
 好みのダイヤがあったらしく、美香は指にはめた指輪をめつすがめつ見詰め続けていた。
「ご存知と思いますが、ダイヤには無数の類似石がありまして、肉眼で見た感じでは、むしろ天然ダイヤよりも美しくみえます。しかし、どんなに似ていても、天然ダイヤは、あらゆる偽物と違った永遠の輝きを持っておりますよ」
「そうね。これ戴くわ」
 美香は嵌めていた指輪の一個を取り上げた。一カラットで三百万円の札がついている。ブルーやピンクなどのファンシーカラー系の色つきもあるが、美香は磨ぎ澄まされた美しさのある無色透明のダイヤを選んだ。美香はダイヤの本当の価値をよく心得ているようだった。
「有難うございます」
 鈴木は内心で今日の商いがあんまりうまく出来すぎで、狐につままれている気分だった。
「ねええ。お値段、これでいっぱいなの?」
「えっ、ええ。でも特別に大辻さまだけ五分引き致します」
「そうおよ。今はサービス時代なのよ」
 美香はそう言いながら部屋を出ていったが、ハンドバッグを持ってすぐ引き返してきた。
「初めてのお買物だから、小切手じゃ不安でしょう。はい、キャッシュよ」
 三百万円の札束を無造作にテーブルに投げた。
「しかし、お目が高いですね。その石は極上ものですよ」
「ねえ鈴木さん、ものは相談だけど、その代り、私のために少しお時間くださらない」
「お時間?」
「あなたのむせかえるような男臭さに、ぞっこんそそられているのよ。まいってるわア」
「あの……」
「私って、変な女でしょ。ウフフフ」
 美香のネグリジェの前合わせが乱れて、白い太腿の奥の翳りがのぞいている。ソファーに沈ませた体の胸元がはだけて、豊熟な感じの、盛りあがった乳房のふくらみの先に、色の濃い大粒の乳首がはっきりすけて見えていた。ネグリジェにつつまれているが、美香の肢体は熟れきった柔肌だ。さっきから触発されて、若い鈴木は熱しきって脈うつペニスを、スラックスの下で懸命に堪えさせていた。
 何の屈託もない階級人が、鈴木たちの多くの得意先である。酔客から多額の飲食代やサービス料を吸い上げて艶笑する夜の女たち。時間と金を持て余し、あらゆる物に贅を尽す上流社会の夫人たち。そこには当然男と女の情欲がつきまとい、店員と秘かな快楽にける婦人たちも多いのだ。もちろん、奥谷夫人と鈴木の関係もご多分に洩れずにだ。女たちにすれば、顧客という優位な立場があり、鈴木たちセールスマンにとっては、けて応えておけば、これからの商売に絶対の保証がつくわけである。どちらも欲得ずくの打算であった。
「ねえン、その逞しい体に溺れたいのよ……」
 美香は鼻を鳴らして、なおも熱っぽくくどき続けた。グラスを持ったまま鈴木のわきに寄ってきた。欲情に飢えた目が、鈴木の体を舐めまわし這っている。独身だと言ったが、熟れざかりの体を、どのように処理してきたのだろう。鈴木は美香という女に興味を覚えた。
 
 
 
 
〜〜『魔性の秘唇』(田宮真)〜〜
 
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