官能小説販売サイト 菊村到 『刑事くずれ』
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菊村 到    くずれ

目 次
第一話 猫おんなの匂い
第二話 白衣の下でうずく肌
第三話 トライシクルの女
第四話 強姦魔レイピストが死んだ夜
第五話 不倫の夜は死の匂い
第六話 ビートルズ、レイプを歌う
第七話 セックスが怖い
第八話 バスルームの欲望
第九話 影を盗む女
第十話 ロシアン・ルーレットの夜

(C)Itaru Kikumura

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   第一話 猫おんなの匂い

     1

 ドリフト。
 それがその小さなバーの名前だった。
 渋谷の円山町にある。円山町といえば花柳の街だ。
 近くにはラブホテルも多い。
 夜が濃くなると、このあたりには何となく淫靡なムードが立ちこめてくる。
 ドリフトというのは、吹きだまりのことだ。
「所詮、人間なんて悲しい漂流者よ」
 と言うのが、ドリフトのママのけいの人生哲学なのだ。
 人生の荒波にもまれて浮き沈みしながら漂い流される男や女の、ひとときのいこいの場所、そこがドリフトというわけだった。
 ドリフトにはママの啓子のほかに、てるという女性がひとりいるだけだ。
 二人とも、もう五十歳近いおばさんである。
 啓子は昔どこかで芸妓をしていたとかいう話だが、そういえば、それらしい残りの色香が、時にほのかに匂い立つ。
 並木竜平は、ときどき、ドリフトに足を向ける。啓子とは、もう古い付きあいだ。知りあってから十年は経つだろう。
 当時、なみりゅうへいはバリバリの腕のいい刑事だった。今では、彼は、
(トラブル・シューター)
 と自称している。
 なんと自称しようと勝手だが、そんな肩書で、めしが食えるわけはない。
 ときどき、虚実とりまぜた犯罪ストーリーのようなものを週刊誌や娯楽雑誌に書いて、なんとか食いつないでいる。
 もっとも彼には、妹のエリカという強い味方がいる。エリカは未亡人で、アベニューというスナックをやっている。
 並木もエリカもひとり暮らしだから、アベニューの収入で充分、やっていける。
 アベニューでは若い女の子をひとり使っているだけで、バーテンはいないから、ときどき並木がバーテン代わりに応援に行く。財布が軽くなった時には、そうやって補給する。
 ところで、並木がドリフトに行くのには、それなりの理由がある。
 啓子や照代のような気のおけない熟女を相手に酒を飲んでくつろぐのも、まァ、ストレス解消にはなるかもしれない。
 しかし、並木の目あては、ほかにある。
 ドリフトは得体の知れない女たちのたまり場になっているのだ。
 場所柄、芸妓衆も飲みに来る。お座敷をすませたあと、客といっしょに飲みに来る芸妓もいれば、仕事にあぶれて、ひまつぶしにひとりでやって来るのもいる。
 そういうのと意気投合して、近くのラブホテルへ、というチャンスもある。しかし、芸妓とはべつに、そのものズバリの娼婦たちがドリフトには、たむろしている。
 と言っても、店で女たちを抱えているわけではない。女たちは、客として出入りしているのである。つまりヨーロッパなんかによく見られるスタイルなのだ。
 娼婦ではあるけれども、男と女が偶然、バーで出会って、ゆきずりの情事を楽しむという形をとることになる。しかも、最近では、プロの女はセックス産業に流れていくから、ドリフトに集まるのは個人営業のセミ・プロで、その分だけシロウトっぽさが残っている。たまには不倫願望の人妻や欲求不満の未亡人、小遣い稼ぎのOLといった、ほんとうのシロウトも現れるらしい。
 その夜、並木はドリフトで、ひとりの女を拾った。
 アケミという女で、初めて見る顔だった。
 ドリフトに集まる女たちの中には常連もいるが、顔ぶれはたえず流動している。
「お邪魔してもいい?」
 並木がひとりで水割りを飲んでいると、アケミはそう声をかけて、となりに腰をおろした。
 ヨーロッパの娼婦は客と商談が成立すると、シャンペンを抜いたりするが、ドリフトでは、そういうことはない。高価なシャンペンを抜くことで、店の売り上げに協力するわけだ。シャンペンはガブ飲みすると、炭酸で腹がふくれるから、女たちはマドラーでかきまわしてガス抜きをする。
(ネコに似ている)
 アケミを見た時、並木が最初に受けた印象はそれだった。
 丸顔で、いわゆる寸が詰まった感じで、眼と眼のあいだがひらいている。その眼は大きくて、キラキラ光っている。その眼の輝きが、どこかみだらで、男心をそそる。
(よし、この女に決めた)
 それで、並木とアケミは水割りを一杯ずつ飲んで、すぐドリフトを出た。
 アケミがネコに似ているのは、顔だけではなかった。身のこなしや歩き方に、ネコを連想させるものがあった。しなやかで、足音がしない。足音がしないのは、スニーカーをはいているせいも、あるだろう。
 アケミは、ジーンズにスニーカーという格好で、それに若い女の子が愛用しているらしい大きなバッグを肩にひっかけている。
 そのいでたちは、とても娼婦とは思えない。
「ここで、いいかしら」
 ブルーライトという名のホテルの前で、アケミは立ちどまって聞いた。
 並木は黙ってうなずいた。
 従業員と顔を合わせずにすむシステムのホテルだった。
 
 
 
 
〜〜『刑事くずれ』(菊村到)〜〜
 
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