丸茂ジュン   不倫招待状 
 
目 次 
第一章 官能のとまどい 
第二章 妖しく痺れ 
第三章 成熟の時 
第四章 貪欲な快感 
第五章 裏切りの花唇 
第六章 ヒダの蠢き 
第七章 アブノーマルな夜 
第八章 マゾプレイ 
第九章 羞恥の震え 
第十章 妻の告白 
第十一章 修羅の女 
第十二章 不倫の果て 
 
(C)Jun Marumo 
 
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   第一章 官能のとまどい 
 
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「ふーん……例の噂の男、もう本社復帰かア……また、おまえの会社、ゴタつくなあ」 
 拓也は、ランチのジャンボハンバーグをパクつきながら、ちょっと眉を寄せて言った。 
「朝、辞令を見て、女子社員はみんなショックを受けてるわ。だって、藤本課長の不倫相手だった坂本利香さん、自殺未遂したのよ。それなのに、藤本課長が仙台に飛ばされたのはたった半年……もう本社復帰だもの。いくらやり手だからって、会社も彼を優遇しすぎてると思わない?」 
 拓也が社外の人間であるということと、ここが会社から少し離れたレストランだという安心感から、聡美は制服姿であることも忘れて、ついまくしたてていた。 
「オレは、会社組織ってもんがあんまり判らないから、うまく言えないけど、よっぽど有能なんじゃないの? その藤本って人……たかが女子社員一人の自殺未遂ぐらいで、地方に置いておくのはもったいないと……」 
「でも、何だか女子社員をバカにした話ね。OLは使い捨てって感じで、何だかおもしろくないわ。それに、藤本さんて悔しいぐらいカッコいいのよね。利香さんのこと知ってても、『彼になら不倫招待状を貰いたい』なんて言ってる人、結構いるもの」 
 聡美はむくれ顔で呟いてから、チキンドリアを口に運んだ。 
 昼休みは一時間しかない。おしゃべりに夢中になっていると、食べる間もなく終わってしまいそうだ。 
「何が不倫招待状だ。結局、女はバカなんだよ。女を自殺未遂までさせた男との不倫に憧れるなんて……」 
「そりゃそうだけど……」 
「ま、会社ってとこは、何だかんだいってもまだまだ男社会。要は男の実力なんだよな。女は手助けでいい……女の側だって、そういう意識が抜けてないんだから、仕方ないよ。ま、その点、フリーは違うな。女のライターなんかだって、男並みにバリバリ仕事するし、男以上に稼いでるのだっている。オレたちカメラマンは、いつも顎で使われてる感じ……」 
「そうか……拓ちゃんの世界じゃ、拓ちゃんが使い捨て扱いされてるのか……」 
「ちょっと、それは言いすぎじゃないのか。怒るぞ」 
 ハンバーグを口に入れたまま、拓也は上目遣いに聡美を睨みつけて言った。もちろん、本気で怒っている顔ではない。 
「ま、そのうち芽が出るでしょう、拓ちゃんが本当に天才カメラマンならば……あああ、その点、あたしは……もう二十五歳だし、本当はそろそろOLも引退したいんだけど……」 
「すんません、オレに甲斐性がなくて……だけど、もしアレだったらいいぜ。結婚しちゃっても……まあ、生活はそう楽じゃないだろうけど、何とかやってけるよ」 
「そんな甘くないの、世の中は……今は三高の時代よ。背が高く、収入高く、学歴高い男じゃなきゃ、結婚なんかできないの。拓ちゃんなんか、全部ハズレじゃない」 
「チェッ、キツイなあ、今日の聡美は……だけど、不倫よりはいいだろう? オレとの関係……それなりにって感じで……」 
「バカ……こんな所で変な言い方しないでよ。いやらしいわねえ」 
 昨夜の拓也との情事を思い出し、聡美はちょっと体が熱くなった。週に一、二度の関係だが、彼とはもう一年以上も続いている。 
「今夜も、遅くなるけど行くよ。オレも、何とか今年中に、聡美と一緒に暮らせるようになりたいと思ってるんだ。仕事も結構順調だしさ。月収が三十万越えたら、結婚しよう」 
 急に真剣な顔になり、拓也は言った。 
「よしてよ、そんなこと、こんな所で……プロポーズの予告編なんておかしいわ」 
 胸がジンと熱くなった。しかし、聡美はわざと怒ったように言い返し、チキンドリアを頬ばった。 
「それもそうだな。プロポーズはもっとカッコよくキメなくちゃ……あれ……もうこんな時間かア……オレはいいけど、ヤバイんじゃないのか?」 
 拓也に言われて時計を見ると、一時十分前である。聡美は、慌てて残りのドリアを口に入れ、ポケットから財布を取り出そうとした。拓也と一緒の時はいつも割り勘なのだ。 
「いいよ、今日は……ちょっとフトコロあったかいから、オレが奢るよ。もう、ここはいいから行けよ」 
 伝票を引き寄せ、拓也が言った。 
「ホント……サンキュー、じゃあ、夜、待ってる。電話して……」 
 聡美は、素直に拓也の好意を受け、そのままレストランを出た。ランチでも、拓也に奢ってもらうと嬉しい。 
(拓也と結婚かア……あんまりときめかないけど、ま、悪くないわね) 
 聡美の顔は自然に緩んできている。やはり、プロポーズめいたことを言われると、胸が弾んでしまう。 
 しかし、もう時間がない。聡美は、足早に会社のビルに向かって歩き出した。やっと会社の前の交差点まで来て、渡ろうとした時だった。 
「木崎君……人事部の木崎聡美君」 
 と、ふいに後ろから、フルネームで呼び止められたのだ。 
「はい」 
 つい会社に居る時のような返事をして、振り返り、聡美はドキリとした。ついさっき、レストランで拓也と噂していた藤本誠司が、そこに立って居たのだ。 
「課長……ああ、どうも……」 
 会社でも、藤本とはほとんど話をしたことはない。それだけに、聡美は慌てた。だいたい、藤本が聡美の名前を知っていたこと自体、聡美には意外だった。 
「ずいぶん、大声で会社のことっていうか、僕のことをあれこれ話していたね。一緒に居たのは恋人?」 
 にこやかな微笑を浮かべながら、藤本は低い声で言った。 
「課長……聞いてらしたんですか? じゃあ、あのレストランに……」 
 聡美は思わず後ずさりした。まさか、藤本本人にさっきの話を聞かれていたとは、想像もしていなかったのだ。 
「君の斜め後ろの席で、コーヒーを飲んでいたよ。全然、気付かなかった?」 
「ええ……すみません。あたし……」 
「謝ることないよ。僕のことを噂する人は社内にもいっぱい居る。僕だって、それくらい自覚してるよ。しかし、ああまではっきり噂を聞かされると、いささかショックではあるな。『不倫招待状』なんて、僕は誰にも送った覚えはないし……」 
「判ってます。あれは、あたしたちの噂の中で出た言葉で……ヤダ、どうしよう……あの、失礼します。もう昼休み終わりですから」 
 聡美は、慌てて逃げ出そうとした。しかし、目の前の信号は赤に変わってしまっている。 
「僕としては、噂の内容をもっと聞きたいな。それに、あれだけ言われたんだ。僕にも弁護の余地を与えて欲しい。今日のアフター5、あけてもらえるね。さっきの店で、そうだな。五時十分なら来られるね」 
 強引ともとれる口調で、藤本は言った。 
「いえ、今夜は約束が……」 
「遅いんだろう? 彼……大丈夫、彼が来る時間までには、ちゃんと君を帰すよ」 
 本当に、レストランでの話は全部聞かれていたようだ。藤本に言い返され、聡美は言葉を失った。 
 目の前の信号が青に変わったのは、その直後だ。 
「じゃあ、お先に……」 
 藤本は、聡美に軽く手を上げると、さっさと行ってしまった。もう会社は目の前である。聡美が藤本を追い掛けるわけにはいかない。 
(もう……どうしてこうなるのよ) 
 聡美は、思わず舌打ちした。しかし、もう断る術はない。会社で藤本を呼び止めたりしたら、それこそ今度は聡美が噂の的にされてしまう。 
(行くっきゃないか……) 
 もう一時は回ってしまっているだろう。しかし、聡美はゆっくりした足どりで、交差点を渡り始めた。何となく胸がドキドキしている。耳の奥に、まだ藤本の低音の余韻が残っている感じだ。 
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