勝目 梓 悪女は午前二時に眠る
目 次
汚ねえぞ、てめえら
とんでもねえ奴ら
どこまで悪なんだ
どうすりゃいいんだ
とぼけんじゃねえ
(C)Azusa Katsume
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汚ねえぞ、てめえら
1
おれの名前は芳賀連太郎だ。
知ってる人間の間じゃ有名な名前だ。知ってたが忘れたって人がいたら、怒りゃしないから早いとこ思い出してもらいたいな。
芳賀連太郎なんて名前は、聞いたことがないって人は、これをご縁によろしく。
いますぐおれのことを詳しく知りたいって人は、物入りでわるいんだが、本を一冊買って読んでくれ。
東京の光文社って出版社、知ってるかな。そこから出てる『悪党』って本に、おれのことがいろいろ書いてある。『悪党』ったって、おれが悪党なわけじゃない。いろんな悪党を、おれがまあ一応はカッコよくやっつけた話が書いてあるんだ。
著者の名前は、勝目梓なんて、いかにもペンネームくさい、キザったらしいもんになってるが、こいつは代筆屋だ。格別に文才がある奴じゃない。おれが自分で書くよりはいくらかマシだから使ってやった。ところがこの男、銭も名前もほしいって欲の皮の突っ張ったことを言い出しやがった。いやな野郎だが、おれは人に物を頼まれると断われない性分だ。普通はゴーストライターってのは、ことばどおり名前も姿も表に出ないものなんだが、泣きついてきやがったから、著者ということにして名前を出してやった。
ところでおれは、名前は総理大臣でもつとまりそうなぐらいに立派だが、商売はしがない一匹狼の便利屋だ。雑用なんでも承りますがモットーだから、重宝がられてる。おかげで、大儲けは望めないが、かつかつ食うぐらいのことはできてる。
もっとも、養わなきゃならない口は、てめえと、ペットのハムスターだけだからってこともある。気楽と言えば気楽だ。これが親子五人に年とった親を抱えてる、なんてことだと楽じゃないだろう。
いまはおれも独身だが、結婚したことがないわけじゃない。こう見えても、女にもてないほうじゃないんだ。
郁美って女と結婚したんだが、別れた。別れた理由は、ひとくちに言えば、両方とも相手に飽きちまった、ということになる。
離婚はしたが、その後も郁美はときどき東府中のおれのアパートの部屋に泊まりに来ていた。別れてからのほうが、おれたちは妙に気が合っていた。同じ女が、女房ではなくなったとたんに、なんだか新鮮に見えるってのは、どういうことなんだ。
その郁美も、他の男と再婚してからは、さすがにおれから遠ざかった。アパートに泊まりに来るようなことも絶えていた。
それが一年ぶりぐらいに、ひょっこりやって来たのだ。夫婦喧嘩をしたら、亭主のほうが家を出ていっちまったらしい。それで郁美も家を出て、おれのところにやってきた、というわけらしい。
その電話がかかってきたとき、おれは郁美と一緒にベッドの中にいた。おれも郁美も裸だった。郁美は手足を投げ出した恰好で、たばこを吸っていた。おれはようやく汗のおさまった郁美の乳房に、なんとなく手を這わせていた。夫婦喧嘩して家を出てきた郁美を、泊めるわけにはいかんだろうな、というようなことを考えていたのだ。ひと休みしたら、電車のあるうちに帰ったほうがいいぞ、とおれは言おうとした。その矢先に、電話のベルが鳴りはじめたんだ。
「便利屋さん?」
受話器にひびいたのは女の声だった。どういうものか、仕事で電話をかけてくるのは、女が多い。
「はい。便利屋の芳賀連太郎ですが……」
おれは郁美のしげみを撫でながら言った。おれ自身は、郁美を帰すべきだと思っていたが、おれのジュニアのほうは、帰すことを渋っていたのだ。郁美がしげみを撫でるおれの手を軽く叩いて、甘い眼でおれを睨んだ。
「お仕事、お願いしたいんですけど……」
電話の女は、声の感じでは若そうだった。
「どうぞ、何でもお申しつけください」
「あたし、独り暮らしのOLなんです」
「何か男手のいるようなことでも?」
「男手っていうほどのことでもないんです」
「なんでしょう? 遠慮なくおっしゃってください」
「あたし、朝なかなか起きられないんです」
「低血圧の方は、朝起きるのが辛いそうですね」
「血圧は正常なんですけど、とにかく眠くて仕方がなくて、それでいつも会社に遅れそうで困ってるんです。それで、誰かに毎朝起こしてもらったら助かるなと思って、それで電話したんです」
「モーニングコールですね。いいですよ。電話で起こしてあげます」
「そういうことも便利屋さんは引き受けてくれるんですねえ」
「もちろん。法に触れること以外はなんでもやります」
「料金は、どれくらいなんですか?」
「臨時の場合は一回千円なんですが、毎日ということなら、勉強して五百円にしておきますが」
「それで結構です。明日の朝から早速お願いできますか?」
「毎日ですね?」
「土曜と日曜日は会社お休みですから、月曜から金曜日まで毎日お願いします」
「わかりました。お名前と住所と電話番号を教えてください」
東中野に住む、小原明子という女だった。
電話の途中で、郁美はベッドを出て、ハムスターの籠の前で、新聞紙を細かく裂いていた。裸のままだった。ハムスターは籠の中でばかに張り切ったようすで走り回っていた。牡のハムスターだ。郁美のヌードが、やつを刺激したのかもしれない。
「いつ敷物替えてやったの? ずいぶん汚れてるわよ」
郁美は、ハムスターの籠の中の敷物のことを言った。それを取り替えてくれるつもりなのだ。要領はわかっているのだ。郁美は手早く汚れた敷物の新聞紙を細かく裂いたものを取り出し、新しいのと替えてやった。
「毎日替えてるさ。今夜も替えようかなと思ってるときに、おまえが来て、それどころじゃなくなっちまったんだ」
「何よ、それどころじゃなくなったって」
郁美が笑った。
「また、それどころじゃないってことになりたいけどな。でも今夜はまずいぞ。電車のあるうちに帰ったほうがいいよ。旦那だって帰ってくるさ。ただの喧嘩だろう」
郁美は返事をせずに、流しの前に行って手を洗いはじめた。六畳一間に小さな台所しかない部屋だ。流しの前の郁美の後ろ姿が、ベッドから見えていた。おれは彼女の裸の尻に眼を投げた。ジュニアがまた、郁美を帰すことを渋りはじめた。
郁美は、手を洗ってしまうと、ハムスターの餌のキャベツとキュウリを持って戻ってきた。乳房が小さくはずみ、歩くたびにしげみの形が変わる。分別を敵としているジュニアにとっては、誘惑的な眺めだった。
もっとわるいことが起きた。郁美はハムスターの籠の前で足を留めると、いたずらっぽい眼をおれに向け、いきなり思わせぶりなやり方でキュウリを深く口に含んだのだ。帰りたくない、という意思表示のつもりらしい。それから郁美は、ハムスターの籠の中にキャベツとキュウリを放り込み、とびこむようにして、ベッドに入ってきた。おれの腕は、ジュニアに味方して、郁美を抱き寄せていた。
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