官能小説販売サイト 勝目梓 『ボサノバは殺しの旋律』
おとなの本屋・さん


勝目 梓    ボサノバは殺しの旋律

目 次
ボサノバは殺しの旋律
留守番電話の声
いとしの脅迫者
熱い砂
蜜のささや
ねずみたちの夜
バーミリオンの貞操帯
〃女王〃のアバンチュール
ラブ・イン・シンジュク

(C)Azusa Katsume

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   ボサノバは殺しの旋律

 旅はいいものだ。
 おれは東京の街が好きなんだが、好きな東京をちょいと離れて、どこかに出かけるとなると、いつも気分が浮き立つ。
 たとえそれが、仕事がらみの旅のときでも、気分がいいことに変わりはない。そして、おれの旅にはいつも仕事が絡んでいる。気ままな旅の気分を味わうためだけで東京を離れる、なんて結構なことのできる身分じゃない。
 まるやまとし――それがこんどの旅で、おれが会わなきゃならない相手だ。
 丸山俊子というのは本名で、新宿の高級クラブ〃銀の舟〃では、彼女はみどりと呼ばれていた。いまは鹿児島市の天文館の〃青い館〃というクラブで、おりと呼ばれているらしい。
 おれは丸山俊子に会ったことはない。おれは彼女の写っている写真を三枚、仕事の依頼主から預かっている。彫りが深くて、眼が色っぽくて、なかなかいい女だ。
 写真の一枚は、店で撮ったものと見えて、オレンジ色の胸の大きく開いたドレス姿で写っている。ドレスの胸の端から、くっきりと深い乳房の谷間がのぞいている。
 この美貌とこのバストさえあれば、当分、この女はどこに行ってもホステスとして立派な稼ぎができそうだ、とおれは写真をはじめて手にしたとき思ったものだ。丸山俊子が、今年二十四歳になる、という話も、おれの仕事の依頼主である〃銀の舟〃のママから聞かされていた。
 依頼主は、〃銀の舟〃のママ一人ではなかった。新宿界隈に働いているホステス相手に、闇で金貸しをしている佐藤という中年男も、その一人だった。
 佐藤はおれのお顧客とくいに当たる。佐藤のような金貸し連中から金を借りているホステスが、借金を踏み倒して姿を消すと、おれの出番がまわってくるのだ。
 ホステスが借金を踏み倒して逃げると、全国のキャバレーやクラブの経営者、金貸しの間に、顔写真つきの手配書が回る仕組みになっている。だから、土地を変えて姿をくらましても、どこかでまたホステスとして働きはじめると、手配にひっかかって、居所がばれる。
 もっとも、そうやって居所が判り、おれたちみたいな取立屋の訪問を受けるホステスの数は、それほど多くはない。だからおれも、逃げたホステスを追う仕事だけじゃ飯が喰えない。逃げてはいないが、借金の返済をひきのばしているホステスを扱ったり、一方じゃホステスに代わって、客のツケの取立てをやったりして、細々と喰ってるってわけだ。いわば世間の裏側の商売だろう。それだけに、ときにはおもしろいめにあうこともある。
 丸山俊子は、働いていた〃銀の舟〃の客のツケを集金した分を、そっくりそのまま持って、女を消していた。ママの話ではその金が四百三十二万になるそうだ。
 丸山俊子はまた、金貸しの佐藤から七十万円を借りて、返さないままに新宿から消えていた。合わせてほぼ五百万円の集金旅行に、おれはでかけることになったわけだ。
 丸山俊子が鹿児島市に現われて、天文館の〃青い館〃というクラブに、沙織という名で出ている、という情報は、全国への指名手配の網にひっかかってもたらされたものじゃなかった。
〃銀の舟〃のママが、店の客から、丸山俊子が鹿児島市にいるという話を聞き込んできたのだ。これは珍しいケースというべきだ。丸山俊子はよほどついていなかったのだろう。
〃銀の舟〃の常連の一人である、電信公社の職員が、たまたま仕事で鹿児島市に出張して、〃青い館〃に飲みに行き、沙織を見かけたのだという。
 電信公社の職員は、沙織が集金した金を持ち逃げしたという話を聞いていたから、わざと彼女に顔を合わさないようにして、早々に〃青い館〃を出て、東京に電話を入れ、〃銀の舟〃のママに通報した、といういきさつだった。
 丸山俊子は、その公社職員から集金した金も持ち逃げしていたらしい。公社職員としては、集金に来た丸山俊子に、実際にツケを払ったことをママに証明したい気持ちも手伝ってわざわざ通報したものと思える。
 実際はツケを払わずにいて、丸山俊子が姿をくらましたことをいいことに、彼女に金を払ったと言い張る客がいるのではないか、という疑いを、ママがそれとなく示していたからだった。
 逃げたホステスの居所がわかったからといって、現地に行けば簡単に会えるというものじゃない。これで結構、おれたちの仕事は手間がかかるし、面倒も多い。ときには相手のホステスに、怖いお兄さんがついていて、凄んでくることもある。
 お兄さんに凄まれるのはどうということはないが、女に泣かれたり、色仕掛けで迫られるのは厄介だ。手を焼く。もっともおれは、据え膳に対しては遠慮はしない。情事は情事、ビジネスはビジネスである。迫られたら遠慮せず相手を抱く。そして入金の取立てにも遠慮はしない。それがおれのやり方だ。
 鹿児島に着いたのは、夕方の七時ごろだった。おれがまずしなきゃならない仕事は、目当ての女が、まちがいなく金を取り立てるべき相手がどうかの確認である。
 つぎには、その女の住んでいる場所を突き止めなきゃならない。住まいを突き止めたら、一人暮らしかどうかということも知っておいたほうが、攻めるときに無駄がなくてすむ。取立ての談判は、相手の部屋でやるのがいちばんいい。勤め先じゃ相手も落ち着かないから、実のある話にならないのだ。
 鹿児島に着いたその足で、おれは天文館までタクシーをとばし、運転手に〃青い館〃の前まで連れて行ってもらった。
〃青い館〃はよくはやっている店のようだった。早い時間だというのに、テーブルは半分近くが埋まっていた。おれは一時間ばかりそこで飲むうちに、沙織と呼ばれている女が、あずかっている三点の写真の主、丸山俊子であることを確認した。
 沙織ははじめ、おれの席にはつかなかった。だが、おれがしばしば、沙織を眼で追うものだから、横に坐っていたホステスが、気をきかせて、呼んでくれたのだ。沙織のことをおれが気に入ったのだ、とそのホステスは思ったらしい。ありがたい思いちがいだ。おれははじめからついている、と思った。
〃青い館〃を出たおれは、遅い夕食をとり、盛り場をぶらつき、小さなスナックで飲み、しながら時間をつぶした。沙織が仕事を終えて店を出てくるのを待ち受け、尾行して彼女の住んでいる場所を突き止める仕事が、おれにはまだ残っていた。

 丸山俊子は、西田町というところに住んでいた。まだ新しいマンションの六階に、彼女の部屋はあった。マンションのすぐ下を、鹿児島市を貫流している甲突川が流れていた。
 おれがそのマンションの丸山俊子の部屋を訪ねたのは、翌日の午後だった。
 ドアの前に立つと、中からかすかなボサノバの曲が聞こえた。おれの仕事の相手は、すこやかにお目覚めのようすだった。
 おれはドアのブザーを押した。軽やかな返事が返ってきた。おれは一瞬、気が咎めた。気持ちよく目が覚めて、ボサノバのリズムにのって食事の仕度か何かしているであろう丸山俊子にとって、おれは思いもかけぬ厄病神にほかならない。だが、厄病神だって飯は喰わなければならないのだ。
 ドアが開けられ、スッピンのままの丸山俊子が顔をのぞかせた。化粧気のない彼女は、それはそれでまことに美しく見えた。むしろ化粧のないほうが、素肌にみなぎる若さが輝き出る感じがして、チャーミングだった。
 チャーミングなその顔が、一瞬、曖昧にくもり、やがてかすかな戸惑いをみせた。彼女は、おれが前の晩に〃青い館〃の客として顔を合わせた相手であることを、はっきり思い出したらしい。戸惑いはそのせいと思われた。一度だけ、短い間、座について相手をしただけの客が、いきなり住まいのほうに訪ねてきたのだ。戸惑うのも無理はない。
「ゆうべはどうも……。とってもたのしかったよ」
 おれはにこやかに笑って言った。
「あたしのほうこそ、愉しかったわ。ありがとうございました」
 丸山俊子は言った。声がいくらか固かった。愛想笑いもぎごちなかった。
「それで、なにか?」
「うん……。きょうは〃青い館〃の沙織さんに会いにきたんじゃないんだよ」
「どういうことかしら?」
「おれ、きのう東京からこっちに来たんだ。新宿のクラブ〃銀の舟〃のみどりさんに会いに……。みどりさん、つまり本名、丸山俊子さんに会いにね」
 俊子は笑いを消した。顔がいくぶん下に向けられた。そのぶん、眼が上眼遣いになっておれに向けられていた。にらみすえるような眼だった。
「立ち話ってわけにいかないんで、中に入れてもらいますよ」
 おれは細く開けられたままのドアを手前に引いた。丸山俊子の全身がおれの眼に映った。彼女は淡いクリーム色のネグリジェを着ていた。白い腕がまぶしかった。
 おれは踏込みに立ち、うしろ手でドアを閉めた。丸山俊子は無言でおれの前にスリッパをそろえた。
 おれはリビングルームに通された。いかにもホステスの独り暮らしの部屋、といった感じがあった。トルコブルーの上等の絨毯。白い革張りのソファに白いテーブル。赤いキャビネットのテレビ。小さなステレオセット。豪華な感じの白木のサイドボード……。
 丸山俊子は、ネグリジェ姿のまま、小さなキッチンに入っていった。おれは内心で苦笑いした。
 借金の取立屋を迎えた女たちの大半が、それとなく、女の武器をちらつかせて、おれを懐柔しようとはかるのだ。丸山俊子も、自分のネグリジェ姿を最大限に活用しようというはらと見えた。おれとしても、それは大いに活用してほしいところだった。ある物を使わないというのは、不経済だ。不経済とブスは、おれのもっとも好まざるところのものである。
 キッチンでコーヒーの香りが立った。やがて丸山俊子が、しゃれたトレイにコーヒー茶碗やポットやシュガーポットなどを載せてはこんできた。
 ネグリジェの裾がゆるやかに揺れて、彼女の腰やふとももの線が浮き出て見える。丸山俊子は、テーブルの前で腰をかがめ、トレイを置いた。ネグリジェの胸元がたるみ、そこから乳房がそっくりのぞけた。豊かな乳房が、重みで下を向いて、わずかに揺れていた。乳首が赤い。
「あら、ミルクを忘れたわ……」
 丸山俊子は言い、また台所に引き返していった。薄い布地のネグリジェの下に、丸く張った尻が、うっすらと肌色をにじませてけて見えた。パンティをはいていないようすだった。おれはいよいよ、不経済を許したくない気持ちがつのった。
「こんな恰好でごめんなさい。起きたばっかりなので……」
 俊子はミルクポットを持ってもどってくると、テーブルの角をはさんで、おれと向き合い、ソファに腰をおろした。彼女がコーヒーを注いてくれる間、おれは遠慮のない視線を、ネグリジェの奥のたわわな乳房に送りつづけた。
 
 
 
 
〜〜『ボサノバは殺しの旋律』(勝目梓)〜〜
 
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