菊村 到 地獄の門で待て
目 次
第一章 仮面の襲撃者
第二章 閉ざされた官能
第三章 快楽そして恐怖
第四章 逃げる女
第五章 殺される女・女・女
第六章 闇の中の銃弾
第七章 生きのびて孤独
(C)Itaru Kikumura 1989
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第一章 仮面の襲撃者
事件は東京・世田谷区の宝石店で起こった。
そのジュエリーショップ・モリシタは、経堂の商店街のはずれにあった。
森下ビルと呼ばれる四階建てのビルの一階を宝石店モリシタが占めている。
モリシタでは、もちろんダイヤモンドやプラチナなども扱っているが、ルビー、サファイア、エメラルド、キャッツアイといったような、いわゆるカラー・ストーンにウエイトをおいている。
同時にカジュアル・ムードでジュエリー感覚を楽しんでもらおうということで、ガーネット、アメシスト、トパーズなどの、セミプレシアス・ストーンにも力を入れている。
それに、アフターケア・サービスの徹底をモットーにしていて、修理やリフォームにも積極的に応じている。
ビルの二階は、そのための工房になっていて、デザイナーや職人が仕事をしている。
三階は、宝石教室で、カルチャー教室ふうに宝石についての知識や情報、さらに原石のカッティングや研磨の基礎的な技術などを教えている。
そして四階にオーナーの森下京造と妻の栄子が住んでいる。
事件の起こったその日、森下京造はルビーやサファイアの仕入れで、バンコクに出かけていた。
店をとりしきっているのは、店長の重岡良雄で、その下に三人の店員がいる。
三人の店員のうち、男は坂井和行ひとりで、あとの二人は若い娘である。
坂井は母親が脳卒中で倒れ、予断を許さない状態だというので、金沢市の実家に帰っていた。
それで、店にいたのは、重岡と吉野昌代と脇本照子の三人だった。
その客が現われたのは、午後四時を少しまわった頃だった。
はじめ脇本照子は、その客を外見通りに受けとっていた。つまり、女性と思ったのである。
なんとなく派手な感じで、水商売ふうに見えた。水商売の女性が出勤前に、ちょっと時間が余ったので、ひやかしに入ってきた、照子はそう思った。
「ちょっと、そのオパール、見せてくださらない?」
女がそう言った時、照子は、おやと思った。
その声はハスキーな低音で、女らしくなかったからである。
照子は殆ど反射的にショウケースのガラス板に置かれた彼女の手を見た。その手は大きくて、指もふとく、節くれだっていた。
(このひと、オカマちゃんなんだ)
照子はこの店に勤めて、一年近くなるが、女装した男の客を見たのは、その時が初めてだった。
照子はショウケースから、ブラックオパール、ボルダーオパール、メキシコオパールなどのブローチやペンダント、リングを取り出して、トレイの上に並べた。
「オパールがお好きでいらっしゃいますか」
照子は聞いた。
「そう、私の誕生石なのよ」
「十月生まれでございますか」
「そうなの」
女装の男は、赤い色のメキシコオパールのペンダントが気に入ったようだった。
自分の胸もとにあてがって、鏡を覗きこんだ。
「ここのお店、何時まであいてるの?」
「夜の九時には、しめさせていただいてます」
「九時ね。じゃァ、それまでにもう一度、出直してくるわ。今、持ち合わせがないから」
ペンダントをトレイに戻した。
「どうもありがとう」
女装の男は照子にそう言うと、出ていった。
すると、吉野昌代が、
「今のひと、オカマでしょう」
と笑いながら言った。
ほかに客は、いなかった。
照子は、なんとなく気になったので、注意しながら品物をショウケースに戻した。
べつに異状はなかった。
数量も減ってはいなかったし、まがいものとすりかえられた形跡も認められなかった。
もう一度、出直してくる、と言ったが、照子はあまりあてにしていなかった。
案の定、九時になっても、姿を見せなかった。
「さァ、しめよう」
重岡が言った時、電話が鳴った。
昌代が取った。
昌代は、ちょっと受け答えをしたあと、送話口を手で押えて、
「さっきのオカマさんよ。お金を持って近くにきてるから、店をあけといてくれですって」
重岡と照子を半々に見ながら言った。
重岡が、わかった、というふうにうなずいた。
「お待ちしております」
昌代はそう言って電話を切った。
女装の男が現われたのは、数分後のことだった。
ひとりではなかった。
めがねをかけた、ひげもじゃの男といっしょで、その男はボストンバッグをさげていた。
「まにあってよかった。ごめんなさいね」
女装の男は、妙にはしゃいだような声で言った。
「悪いけど、シャッターをおろしてもらおうか」
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