横溝美晶 淫導・白蛇姫
目 次
第1章 白蛇のごとく
第2章 試験台は秘書
第3章 秘書ふたたび
第4章 白蛇の犠牲者
第5章 真夜中の襲撃
第6章 逆転の報酬
(C)Yoshiaki Yokomizo
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第1章 白蛇のごとく
1
夕立ちだ。
車の窓ガラスに、ポツリッときたと思ったら、もう土砂降りになっていた。
たちまち道路が水浸しになる。
叩きつける雨粒の飛沫で、路面に水煙が立った。
暗い空に青白い閃光が走り、ひと呼吸おいて、すさまじい雷鳴がとどろいた。
歩道を歩いていた人々が、逃げまどうように、ビルの軒先へ飛び込んでいく。
「家までもたなかったな」
小沢敦志は、窓の外をながめて、つぶやいた。
腰を落ちつけているのは、濃紺のクラウン・マジェスタの後席だった。
運転席には、スーツ姿の若者がついている。
小沢は、〃水晶の家〃という新興宗教団体の幹部だった。
肩書きは、布教所の教長。
布教所に数名いる、教師と呼ばれる指導者たちの上に立っていた。
まだ三十代の後半に入ったばかりだが、すでに運転手つきで移動する身分だった。
車を運転しているのは、新井一樹という名前の、まだ二十代の青年だった。
新井のほうは、教団内では班長と呼ばれて、信徒のまとめ役をしている。
小沢が、目をかけてやってる男だった。
「あと十分、持ちこたえてくれたら、帰れたのに」
運転席で、新井がぼやいた。
「洗車したとたんに、こうなんですから」
「雨もこれぐらい激しいと、かえって車も汚れないだろう」
小沢は、暗い空に、雷が青白く光るのを見守った。
まだ三時すぎだというのに、外は夕闇に包まれてしまったかのようだ。
スモール・ライトや、黄色いフォグ・ランプを灯している車が多かった。
幹線道路から、住宅街へ入っている。慣れた道だ。
すぐに、布教所だった。
布教所といっても、造りはふつうの住宅とあまり変わらない。
もともと、熱心な信徒が自分で住んでいた家を、ぜひ教団で使ってほしいと、無料で貸しているものだった。
それを、多くの信徒が宿泊したり、集まったりできるようにと改築してある。
布教所らしく見せるために、背の高い門も造ってあった。
布教所の高い門柱が見えてきた。
雨と雷に追われて、気が急いていたのだろう。
家のまえまで来ても、新井は、車のスピードを落とそうとしなかった。
路地からひっこんだ門のところへ、車をすべりこませた。
「うわっ!?」
新井が、声をあげた。
人影があったのだ。
門柱に彫りこまれた、〃水晶の家〃という文字を見あげるように、ほっそりとした人影が立っていた。
この土砂降りの雨のなか、傘もさしていない。
あわてて、急ブレーキを踏んだ。
「……!?」
ハッと、人影が振り返った。
濡れた長い髪が、鞭でも振ったように流れた。
まだ若い女だ。
新井が、ステアリングを切った。
ガクンッと、大柄な車がつんのめる。
雨に濡れたコンクリートで、タイヤがすべった。
それも、一瞬だった。
いまの高級車には、たいていアンチロック・ブレーキング・システムというブレーキの制御装置が装備されている。
すべりやすい路面でフル・ブレーキングしたときも、タイヤのロックを防いで、ステアリングが効くようになっている。
クラウン・マジェスタもそうだった。
大柄なボディを、ガクガクと痙攣させながらも、クラウン・マジェスタは進路を変えた。
ゴツッという、にぶい衝撃とともに停止した。
バンッという、低い破裂音とともに、運転席と助手席のまえでエア・バッグがふくらむ。
すぐに、しぼんでいった。
後席でくつろいでいた小沢は、身構える間もなく、前席の背もたれに叩きつけられていた。
急ブレーキで充分に減速していたからか、衝撃はさほどでもなかった。
無事なようだ。
「なにをやってるんだ!?」
顔を起こして、運転席へ怒鳴った。
「すいません」
新井が、驚きのあまりか、血の気の引けた顔で振り返った。
「お怪我はありませんか?」
「わたしは大丈夫だ。それより、さっきの女は?」
小沢は、外へ顎をしゃくった。
車は、人影が立っていたほうとは、反対側の門柱に鼻先をぶつけて止まっていた。
女は、コンクリートでかためられた門柱の根元に、身をふせたまま動いていない。
「ぶつかってはいないはずですが……」
新井が、つぶやくように言った。
道路にむかって傾斜のつけられたコンクリートの上は、ちょっとした小川のような流れになっている。
その小さな流れでさえ、女の身体はおぼれてしまいそうに見えた。
長い髪がコンクリートにひろがっている。
細い流れに乗って、右に、左に、くねくねと何匹もの細い蛇のようにくねっていた。
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