勝目 梓 クラクションは情事の合図
目 次
ころりころんだ木の根ッ子
お船でどんぶりこ
ぴーひゃら笛吹き東海道
油断大敵お水がビショビショ
いそがしいのもいいもんだ
クスリがききすぎたのヨ
ホタルさん、水は甘いか苦いか
そっくりさんのお陰です
ピーナッツちゃん、こんにちは
青い眼をしたお人形
お邪魔じゃないわ
まちがい電話にご用心
恐怖のタッグ・マッチ
ぎっくり腰よこんにちは
隣りは何をする人ぞ
当たるも八卦当たらぬも八卦
ワンチャンのお散歩
(C)Azusa Katsume
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ころりころんだ木の根ッ子
1
大山夏夫は風来坊である。
Tシャツかセーター、スリムのジーパン、素足にげたばき、という格好でどこにでもとんでいく。寒い季節のいまは、その上に綿入れのはんてんをひっかけている。
いたって気楽な男だが、たばこと酒とコンドームだけには、厳格な姿勢をもっている。
缶入りピースとサントリーオールド一本やり。もうひとつのものは、厚さ0・02ミリ、Lサイズ、ときめている。
二十六歳になるが、童顔にくわえて髪をスポーツ刈りにしているから、二十そこそこにしか見えない。
夏夫が九州の鹿児島市で暮らしはじめたについては、格別の理由はない。沖縄の海洋博覧会の工事現場で働いての帰りに、気まぐれに立ち寄ったまま、今日まで半年近くが過ぎた。
そろそろその土地をはなれようと思っているのだが、どこに行くにしても、彼のポケットの中には、このところ、旅費とよべるほどのものは入っていない。
鹿児島市での働き口だった小さな建築会社が、ひと月まえにオシャカになったからだ。
鹿児島市滞在がおもいがけなく延びてしまったのは、星野夕子のせいである。夕子と知りあってからだけでも、三カ月をこしている。
2
九月のなかばで、残暑がつづいていた。
夏夫は車を停めて、自動販売機の取り出し口からコーラを取り出して飲んでいた。
「つかぬことをうかがいますが……」
声をかけられてふり向くと、きちんと和服を着た三十前後と見える女が、白っぽい日傘をさして会釈した。日照りの中で、その姿はきっぱりと涼しげだった。
「あのダンプカーは、あなたが乗ってらっしゃるの?」
夏夫は女の美しさと、一種の貫禄のようなものに圧されて、ぺこりと頭をさげた。
「あの木の根はどうなさるの?」
「木の根?」
女の眼を追って、夏夫はダンプの荷台を見た。満載した土の上に、なるほど大きな木の根が、新しい切り株をこちらに見せて乗っている。
「あれ、あたくし、欲しいんだけど……」
「欲しけりゃあげるよ。どうせ土といっしょに捨てちまうんだから」
妙なものを欲しがる女だ、と思いながら夏夫は言った。宅地にするためにきりくずした丘の土の中にまじっていた、ただの根ッ子である。
「なんなら、このままお宅まで運んであげてもいいよ」
夏夫はチャーミングな女に不親切をはたらくと、たべもののこなれがわるく、頭痛をもよおすという、奇病の持ち主である。
「あら、それでは申し訳なさすぎるわ」
女は言ったが、顔つきはそれほど申し訳ながっているふうには見えない。
地図を書くからと言う相手のことばをさえぎって、地理不案内だから、助手席に一緒に乗ってくれたほうがいい、と夏夫は言った。
純粋に親切心からであった。したがって邪心は見えない。女はその気になった。
しかし、すぐに女はためらいを示した。和服では高いダンプの助手席に乗り込むのはむつかしい。裾でも大きくまくれば別だが、そんな格好をさせるのは忍びない、と夏夫は思った。
彼は自分の両手を見た。いくらか汗ばんではいるが、土の汚れなんかはついていない。ジーパンの腰で手をこすって汗を拭うと、夏夫は女の後ろにまわり、腰に手をあてがってかかえあげた。
あっという間の、ごく自然なふるまいだった。女は小さな声をあげて、身をもがくようにしたが、夏足袋に草履をはいた足は、ステップにかかっていた。
夏夫はさらに、片手で女のヒップのあたりをささえるようにして、押してやった。女の体はぶじにシートの上におさまった。
両手の中に、思いがけなく肉づきのいい女の体の感触が、甘くのこった。
なにごとも親切ついでだ、と夏夫はかんがえた。が、着物ごしにふれた女の体の手ざわりが心をみだしてくる。で、よこしまなのは心ではなくて、手の奴だ、と夏夫はきめた。
「どうもすいませんでした……」
運転席についてから、夏夫は眼を伏せたまま、小声で言った。よこしまな手の奴になりかわって、失礼を詫びたわけである。
詫びるからには、なるべくしおらしくふるまったほうがいい。彼はことさら肩をすくめて小さくなった。そのために、夏夫のようすは、彼のひそかな願いどおりに、たいへん純情そうにみえたのである。
「こちらこそ……」
言ったあと、女は低いふくみ笑いをもらした。夏夫は気づかぬふりをして、ハンドブレーキをはずし、ギアを入れた。
女は鹿児島市の西の郊外の、あたらしくひらけた住宅地に住んでいた。
建売りらしい小さな家だが、庭からは遠くに海がのぞめた。
しゃれた感じの白い門の横に出ている看板から、女が生け花の師匠で、星野夕子という名であることがわかった。
玄関の表札には、夕子の名前しかなく、一人暮らしであるらしいことも察しがついた。
木の根は、生け花の素材に使うのだ、と夕子は言った。車からおろしたそれは、とても女の手で運べるものではなかった。
夏夫は、こびりついた土を、おとせるだけおとしてから、肩にかついで裏庭まで運び入れてやった。むろん親切ついでである。
「まあまあ、すっかり泥だらけにさせちゃったわね。ごめんなさい」
後からついてきた夕子は、言いながら夏夫のくびすじや肩についた泥を手で払った。ランニングからむき出しになっている肌は、汗にまみれて光っていた。泥は汗にとけている。それが夕子の白い手を汚した。
夏夫はすかさず、くびに巻いたタオルをはずして、だまって夕子に差し出した。夕子も無言のまま、ゆっくりとくびを横にふった。
夕子はやわらかな笑いを浮かべていたが、眼には濡れたような光があった。
「シャワーがあるわ、泥だけでもおとしていって……」
しばらくしてから、夕子はまた夏夫の腕の泥を払いながら言った。かすかに息がはずんでいるのを、夏夫が見逃すはずがなかった。むろん、親切心とは関係はない。
シャワーを使って浴室から出ると、家の中はしずまりかえっていた。夕子の姿は見えなかった。耳をすますと、二階でかすかにラジオらしい音楽が聞こえた。
夏夫はジーパンに上半身は裸のまま、階段をあがった。
おどり場の右手の部屋のドアがわずかにあいていて、そこから白い腕だけが出て、ゆっくりと手まねきをした。
夏夫は思わずニヤリとした。けれども彼はすぐに口もとをひきしめた。相手はしとやかな見かけによらず、したたかそうだ。こっちはあくまで純情路線でいくのがよい……。
「シャワーありがとうございました。仕事がありますから、かえります」
おどおどした口調で言った。女の腕が伸びてきた。姿は見えない。夏夫は半歩進んで、宙をさぐる女の手に、自分から二の腕あたりを近づけていた。
引き入れられる格好で部屋に入ると、夕子は素っ裸のまま立っていた。ほどいた髪を肩に垂らしている。夏夫は、われながら真にせまったやり方で、眼をそらした。
「びっくりした?」
夕子は言って、ふくみ笑いをもらし、夏夫の両手をとって、大きなベッドの端まで引いていき、自分からその上に倒れた。
手を引かれているのをさいわいに、夏夫も夕子の体の上に倒れこんだ。胸の下で、夕子の豊かなふくらみがはずみ、サンゴ色をした乳首が跳ねた。
「困ります。かえらせてください」
夏夫はしっかりと眼をとじあわせて、声をふるわせて言った。少しやりすぎかとも思ったが、仕事は念をいれるにこしたことはない、と考えた。
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