官能小説販売サイト 勝目梓 『禁じ手』
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勝目 梓    禁じ手

目 次
ハレンチ作戦
盗む女
仮面の女
いんぷうの家
禁じ手
老人のたのしみ


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   ハレンチ作戦

 アイデアは電車の中で生れた。
 突然にひらめいた、というのではなかった。とりとめもなく頭に浮かんでいたことが、そのまま妙なところにころがっていって、アイデアに結びついたのだった。
 けれども、それはすばらしい着想に思えて、そのときなかゆきは思わずニヤリとした。もう少しのところで、彼は声をあげ、ひざを叩いてしまうところだった。
 初冬の暖い午後のことである。場所はやまのて線の中。車内はすいていた。シートに坐り、窓ごしの陽ざしを背中に受けて、舟をいでいる乗客も何人かいた。
 田中幸男は、ばたにある漫画家の仕事場に行くところだった。依頼してあった連載漫画の、一回目の原稿を受け取るためだった。田中幸男は、しん宿じゅくにある雑誌社に勤めている編集者だった。
 新宿で電車に乗ったとき、田中幸男は期待と不安を、こもごも感じていた。これから手にする連載漫画の一回目の原稿のえが、すばらしいものであることを、彼は祈らずにはいられなかった。
 仕事を頼んである田端の漫画家は、キャリア十分の実力派で、大酒飲みだった。肝臓に問題をかかえていた。そのせいかどうか、仕事の面でも問題があって、作品の出来栄えにムラがあった。
 漫画家自身は、仕事上の問題の原因を、肝臓のかかえている問題に結びつけたがっている。そして、その先の大酒が問題であることを無視している。それは、女が妊娠するのは性交のせいではなくて、彼女が子宮を持っているからだ、というのと同じ理屈じゃないか、と田中幸男は考える。
 新宿で電車に乗って、たかだのを過ぎるあたりまでは、田中幸男はそんなふうに、田端の先生の酒と肝臓と仕事上の問題について、考えていた。他社の作品はどうでもよいから、うちの連載原稿執筆中は、先生の肝臓がげんにおちいらないように、と彼は祈った。
 電車がじろに近づくあたりで、田中幸男は眠気に襲われた。居眠りを始めるまでには至らなかった。けれどもそのころには、漫画家の肝機能のことも、原稿の出来栄えに対する期待や不安も、田中幸男の頭の中では、すっかり影がうすくなっていた。
 そして、電車が目白駅にまったときは、田中幸男の眠気までがあとかたもなく消え去り、えわたっていた。目白駅で、眼を見張るほどの美人が乗客となって、田中幸男の正面の席に腰をおろしたのだ。
 その女性を眼にしたとき、田中幸男がまっ先に考えたのは、彼女は女優かテレビタレントではないか、ということだった。
 三十歳になったかどうか、と思えるとしかっこうの、ほそおもての彫りの深い顔立ちの女性だった。ほとんど目立たないような化粧をして、光沢のある髪をぞうに後ろでまとめ、うすいグレイのウールのコートを着て、黒のショートブーツをはき、黒のハンドバッグを持っていた。
 田中幸男は、大急ぎで頭の中に、それらしい女優やテレビタレントの顔を並べてみた。がいとうしゃは出てこなかった。
 テレビタレントにしては、品がありすぎるのではないか、と思った。電車に乗ってきて、車内を見渡し、シートに腰をおろすまでの彼女のたちふるいには、たしかに落着いた穏やかな、なんとも言えないやわらかな雰囲気があった。
 女優だとすれば、映画やテレビドラマなどには顔を出すことのない、新劇かなんかのほうの人だろう、と田中幸男は思った。そして、美人と見ると、派手な芸能人に連想が走ってしまう自分の頭のせんぱくさを、正面に坐っている正体不明の美人に対して、少しだけ恥じた。
 電車が動き出すと、問題の美人は、バッグからハードカバーの本を取り出して、きちんとそろえた膝の上で開いた。本の表紙と背表紙に並んでいるのは、すべて横文字だった。大きな活字だけは、田中幸男の席からも読み取れた。フランス語のようだった。
 田中幸男には、眼の前にいるその女性が、ますます魅力的な存在に思えてきた。とびきりの美人で、品がよくて、感じがやわらかで、フランス語の原書が読める教養と知性の持主で――そういう女性は漫画雑誌の編集者である田中幸男のまわりには、一人としていない。人種がちがうんだ、と田中幸男は胸の中でつぶやいた。
 人種はちがうにしても、セックスのやり方や好みまでが、こちとらと大きくちがってるなんてことはないだろう、と田中幸男が考えたのは、眼の前のけいに対して彼が勝手に覚えてしまった、いわれのない劣等感の裏返しであったかもしれない。
 
 
 
 
〜〜『禁じ手』(勝目梓)〜〜
 
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