北山悦史 ねだり嫁
目 次
ねだり嫁
悶え嫁
十六歳の姦誘
もち肌ぬめり染め
闇の秘悦
兄嫁・僕のレズ体験
(C)Etsushi Kitayama
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ねだり嫁
1
勤めている新橋の商社から、玉木武史はまっすぐ帰ってきた。昨日は亡霊のような姿をした妻の暁子が玄関に出てきたのだったが、今日は溌剌とした嫁の菜月が迎えて出た。
「お帰りなさい。お疲れさま」
ソフトピンクのデザイントレーナーにアイボリーホワイトのミニスカートをはいた菜月が、艶やかなメゾソプラノの声でそう言って手を差し出した。
武史はエグゼクティブバッグを菜月に渡した。指が触った。しっとりとしていて冷たい指だった。水仕事をしていたのだろう。武史は玄関から上がってスリッパを履いた。
バッグを胸にかかえた菜月が白い人差し指で二階を指し、それからすぐそばの客間を指し、近視のノンフレームのメガネを滑らかな針のように光らせて小首をかしげた。
バッグをどっちに持っていくのか、と訊いているのだ。武史は客間を顔で示し、襖に歩み寄ろうとした。その武史に先立って菜月は客間の襖を開けると、壁のスイッチを押して電気をつけた。
宿の部屋のようだった。もう、菜月は布団を敷いていた。
「なんだい、菜月ちゃん、いやに手回しがいいんだね」
上着を脱ぎ、ネクタイをゆるめながら、武史は目を丸くして菜月を見た。
「今日はお義母さんの代わりだから。時間、たっぷりあったし」
ふっくらとした顔をいちだんとふっくらとさせて笑顔を見せ、菜月は武史の手から上着を受け取った。
妻の暁子は二日前から熱を出し、二階の武史たちの寝室で寝ている。咳は出ないが、カゼはカゼだろう。うつったら困るからと暁子に言われ、武史は昨日から客間に布団を敷いて寝ていた。
その暁子の看病で、恵比寿の広告代理店で働いている菜月は今日、有休を取ったのだった。そこまでしなくていいと武史も暁子も言ったのだが、どうせ有休があまっているからと、菜月は聞かなかった。
「お義母さん、どう?」
ネクタイを抜き取りながら武史は訊いた。熱はいくらか下がったが、まだ八度ぐらいあると、菜月は答えた。八度というと、暁子としては高熱だ。平熱が五度八分という女なのだ。
とりあえず見てこようと言って武史は部屋を出、二階に向かった。バッグや上着の始末をした菜月が、小走りについてきた。
熱冷ましのシートをひたいに貼ってベッドに寝ている暁子は、昨日のような亡霊顔に比べると、いくぶんは人間らしさを取り戻していた。が、五十二歳のその顔は三つも四つも年を取ったように見え、「お帰りなさい」という声は地の底から聞こえてくる感じだ。
明日、病院に行ったらどうだ、と言った武史に、今日はかくだけ汗をかいたし、熱も下がっているみたいだから大丈夫、と病院大嫌い人間の暁子は地の底からの声で答え、大無理をして笑顔を作っている。
枕元に、ケータイが置いてある。それを見た武史に菜月が、何か用が出来たときはケータイであたしを呼ぶことにしてるの、一種のナースコール、とメガネを光らせて自慢げに説明した。
菜月が梅ジソおじやを作ってくれたので、もう食事は終わった、あと、寝てれば治る、と暁子が言うので、それじゃと武史は部屋をあとにした。暁子と二言三言しゃべり、菜月はドアを閉めて出てきた。
「お義父さん、お風呂、先? もう沸いてるんだけど」
階段の途中で、菜月が武史に言った。そうだな、そうしよう、と言いながら武史は階段を下り、客間に入った。昨日着ていたパジャマがたたまれて、枕元に置かれていた。武史はそれを取り上げて部屋を出た。
菜月はキッチンに入るところだった。ふと思いついて武史は、カゼ、うつったりしてないかな、と菜月に言った。と、思うけど、と菜月はほつれた髪をゆらゆらさせ、何かを考えるふうに首をかしげた。
洗面所の棚にうがい薬がある。ルゴール液もある。菜月も倒れたりしたら大変だから、大事を取ったほうがいい。うがい薬じゃなくルゴール液を塗るようにと、武史は言った。
「え〜? あれあたし、苦手ー」
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