官能小説販売サイト 勝目梓 『消えた女』
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勝目 梓    消えた女

目 次
寝室の実験
不倫症候群シンドローム
ゆらめきの朝
パートナー
沈黙の夜
残  光
ホームビデオ
未  練
消えた女

(C)Azusa Katsume 1993

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   寝室の実験

 第一級の劇的シーンだった。
 夫と妻が、ラブホテルの玄関で、鉢合わせをしたのだ。むろんそれぞれが、パートナーを連れていた。
 赤坂のラブホテルだった。玄関を入ってすぐのところに、電光のパネル板があった。客室の模様と名称と料金を示す写真が、そこに並んでいる。使用中の部屋のところだけは、電気が消えているから、写真はよく見えない。客はそのパネルを見て、好みの部屋を選ぶことになる。
 部屋は三分の二以上がふさがっていた。金曜日の午後九時を少し回っていた。パネルの電灯の消えているところを眼で拾いながら、みずは心強い思いを抱いた。ミンナガンバッテルな、と胸の中でつぶやいた。
 部屋はかずが選んだ。清水には部屋の好みなどなかった。あるのは女の好みだけだ。
 和美は、部屋を決めるのに、少し手間どった。それが劇的シーンを招く原因となったのだが、それは清水の予想できることではなかった。
 部屋にはそれぞれ呼び名がついていた。シルクロード。マンハッタン。みやび。マハラジャ――。写真で見ると、それらの呼称に見合ったインテリアがほどこされていた。清水は、和美があんまり奇をてらった部屋を選ばなければいいが、と願っていた。
 和美が選んだのは、飛鳥あすかという部屋だった。写真で見ると、ただの数寄屋ふうの造りだったので、清水は安心した。値段はしかし、いちばん高い部屋だった。清水は、和美が値段によって部屋を選んだのだ、と納得した。和美は何ごとにつけ貧乏くさいのが嫌いなたちなのだ。
 部屋が決まって、清水はフロントに鍵をもらいに行った。フロントはパネル板の隣りにあった。清水がフロントのカウンターの前に立ったとき、玄関の自動ドアが開いた。清水は音と気配でそれに気づいたが、眼をやることはしなかった。
 鍵を受け取って、清水はエレベーターの前に行った。エレベーターは六階に停まっていた。ボタンを押すと、エレベーターがおりてきた。和美が並んで立ったまま、清水の腕に腕を絡ませてきた。ジバンシーの麻のブラウスに包まれた和美の胸のふくらみが、清水の腕を柔らかく押してきた。
 エレベーターは途中で四階に停まった。そこで少し手間どっているようすだった。フロントで、後から来た客が鍵を受け取るのが、短いやりとりでわかった。女の声だった。それが、妻のよりの声だと気づいたわけではなかった。清水はなんとなくうしろに眼をやったのだ。
 頼子は、男と寄り添って、フロントの前に立っていた。清水は、頼子の横顔を見ることになった。一瞬のうちに、清水は視線を戻した。四階で停まっていたエレベーターが動き出していた。
 血が凍る、というような思いが、清水の胸をかすめた。それはすぐに消え去った。つぎに清水の頭に浮かんだのは、実験ということばだった。
 頼子と連れの男の足音が近づいてきて、停まった。清水のすぐうしろだった。頼子はすでに、こっちに気がついているにちがいない、と清水は思った。エレベーターは一基しかない。逃げようはなかった。
 逃げる必要なんかないのだ、という考えが、おずおずといったかっこうで湧いてきた。さりとて堂々としていられる自信も、清水にはない。頼子は堂々としているのだろうか、と彼は考えた。エレベーターの中で、顔を合わせることになるのは避けられない。どういう挨拶が、時と所を得たものになるのか、清水は考えた。考えが決まらないうちに、エレベーターのドアが開いた。
 中から若いカップルが二組出てきた。入れ替わりに、清水と和美が中に入った。すぐうしろに足音がつづいた。人はエレベーターに乗ったとき、ほとんどがドアのほうに向かって立つ。壁のほうを向いたまま、というのは少ない。清水は、その理由を痛切な思いで考えながら、やおらドアのほうに向き直った。
 頼子が、男に腰を抱えられるような恰好で、エレベーターに乗ってきた。来るべき時が来た。
 
 
 
 
〜〜『消えた女』(勝目梓)〜〜
 
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