蘭 光生 続・淫 獣
目 次
第一章 肉の楔
第二章 夢の蟻地獄
第三章 飼 育
第四章 野獣の報復
第五章 絢爛たる獣宴
(C)Ran Kosei
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第一章 肉の楔
1
今年も秋の文化祭の季節になった。
あいも変わらず、どこの大学のキャンパスも歩行者天国のような賑わいで、彩とりどりのヤングファッションの洪水である。内容はといえば、どれも似たりよったりのものだが、女子大のそれは、まあ、若い女のコたちの顔みせ興行みたいなムードもあるせいで、ひやかしがてらの学園祭キャンパス巡りも悪くはない。幸い、うちの地下牢も空っぽだったこともあり、ひょっとしたら何かいい獲物がかかるかもしれないという淡い期待感も含めて、おれはA学院大の門を入っていった。
ぶらぶら回っていたが、さほど面白い展示も、いい女もいない。まだ昼を少し過ぎたくらいなので、今日は河岸を変えてもう二つばかり他の女子大にでもいくかと帰りかけた時、おれは女に声をかけられた。
「あのう、失礼ですが……」
まるでソフトクリームのような声だった。しっとりと潤い、耳ざわりがよく、甘く、鼓膜に絡みついてくる。
ふり向くと、二人の女子大生が立っていた。見たことのない顔だった。声をかけた方は、中肉中背、ごく標準的な女子大生だが、色白のふっくらした顔は小造りで、目鼻だちがキリッとした感じで、ひどく爽やかなムードをたたえている。その爽やかさは、白い肌にくっきりと映える大きな黒目がちの眼と濃い眉、そして口紅もつけてないのに妙に赤い愛らしい唇の色が原因だということにおれは気づいた。やわらかくウエーブした髪は、黒々としていたが、細く、豊かであった。
ふり向いたおれの顔を見ると、彼女は、連れの女と顔を見合わせ、
「よかった……やっぱり、あの時の方よ」
「ほんと。そうだわ」
もう一人の女は、ファッションモデルのように背が高く、これも小ぶりな顔をしていた。髪はクレオパトラ風に、額で横一文字にきれいに切り揃え、両サイドの黒髪はつややかな光沢を放ちながら、真っ直ぐに肩の上まで垂れている。背筋を平定規のようにぴんと伸ばしたまま、眼もとに微笑を漂わせておれの顔を嬉しそうに見た。
こんないい女なら、覚えているはずなのに……と、おれは心の中で自分のボケさかげんをののしりながら、
「えーと、どなたでしたっけ……」
色白の、ソフトクリーム・ボイスが、えくぼを両頬に刻みこみながら(へえ、いまどきえくぼのできる女がいるのだヨ!)、
「もうお忘れですか? 今年の五月頃、原宿で……」
五月頃。というと、おれの邸の地下牢に、次々と集団が入り始めた頃である。ホステスのバイトの女子大生、女教師、二朗の姉……。
まだわからない。
「二人とも、あの頃と髪型が変わっているから……」
ノッポのファッションモデル風が言う。
「ほんとに、危ないところを、ありがとうございました」
そう言われてハッと思いだした。
「ああ、あの時の……」
「はい。その節はお礼も言わないで……」
「だって、お礼を言おうとしたら、サッと消えてしまったんですもの」
モデルが、しおのある眼で、少しにらむような笑顔をしながら言い訳をした。
「失礼。あの時は少し急いでいたものだから……」
「せめて、お名前か、お電話番号でもと、あとで二人でずいぶん口惜しがりましたのよ」
「それはどうも。お茶ぐらいご馳走すればよかったな。でも、それもなんだか照れくさいし、いま言ったように時間がなかったもんで……」
時間はあった。だが一刻も早く家に帰って地下牢の美囚を虐めたかったから。名前? 電話番号? そんなヤバイもの教えられるか。おれはあの晩の小さな出来事を、やっと全部思いだしていた。
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