子母澤 類 蜜宴の媚薬師
目 次
第一章 自由ヶ丘夫人
第二章 みだらな白衣
第三章 親友同士
第四章 美人研修医
第五章 未亡人姉妹
第六章 聖女の技巧
(C)Rui Shimozawa
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第一章 自由ヶ丘夫人
1
舞子は細い指で、柚木の差し出すグラスを受け取り、夢見るように言った。
「きれいな色のお酒ね」
バカラの美しいグラスには、薄い水色のカクテルが入っている。
舞子は窓ぎわに立ち、茜色に染まっていく空を背景に、柚木の作った酒を珍しそうに見ている。
都心にある高層マンションの三十二階の窓からは、おぼろに霞む都会の春が広がっていた。窓の情景といい、広いリビングを彩るインテリアといい、柚木の部屋には自分の趣味というより、女が好みそうなロマンチックな小道具がそろえてある。
「このカクテルにはちょっと秘密があるんです。美肌にとてもいい、ヒマラヤの薬草が入っているんですよ」
「まあ、ほんと?」
「といっても、雪の精のような色白のあなたには、あまり必要ないですが」
「ふふ、柚木さんたら、やあね」
舞子は人妻とも思えないほど、愛くるしい微笑みを浮かべた。女性への賛美は、どんなに誇大化しようが、美人ほど嬉しがるものだ。
だが水色の酒は確かに、舞子の透き通るような白い肌によく映えた。
「では、美しいあなたと、美しいあなたに出会えた幸せな僕に乾杯」
「キザな人ね」
舞子は媚びを含んだ目で甘くにらんでから、長い睫毛を伏せ、カクテルをひとくち飲んだ。たちまちほてったように、ほの白い顔がほんのりと赤くなった。
「ふしぎな味がするわ」
「どんな?」
「そうね、ヒマラヤにいるような味かしら……雪女の気分になれそう」
笑いながらそう言っているうちに、舞子は急にもつれるように椅子に座りこんだ。
「どうしました?」
「疲れたのかしら……何だか変だわ」
グラスをガラスのテーブルに置き、ぐったりと肘掛けにもたれている。物憂げにうめき、脚がしだいに開いていく。スカートがめくれて、姿のいい脚が成熟した腿のつけ根までのぞいているが、舞子はそれにも気づかないようだ。
花びらのような唇にほっそりした手を近づけると、舞子は小さなあくびをした。
長い睫毛が二、三度揺れると、気怠そうに目を閉じ、やがて寝息を立てはじめ、すぐに静かに深い眠りへと入っていった。
「だから気をつけろって言っただろう」
柚木は本当に眠ったのか確かめるため、舞子の耳元でそう囁いた。
一見、良家育ちらしい、つつましやかな人妻が、知らない男の誘いにふらりと乗ってくるから悪いのだ。
「見知らぬ男の部屋に、そう簡単に入るものじゃないんだよ。ねえ、奥さん」
だが柚木の言葉にも反応することなく、舞子は幸せそうな微笑みを浮かべて、ぐっすりと眠りこんでいる。
水色のカクテルには、ヒマラヤの薬草などではなく、病院から調達してきたS薬を溶かしてあった。
強い睡眠薬である。
柚木洋介は、麻酔科医である。当然、「眠り」の扱いには慣れている。
一年前、長年いた大学の医局から、銀座にほど近い総合病院に移ってきた。
そこが俗にいうブランド病院で、まるでグルメガイドのように、病院ガイドブックを片手に来る患者も多い。
舞子は病院内の待合室で見つけた女だった。
彼女のカルテを持っている看護婦に声をかけ、軽口を叩きながら、そっとカルテを盗み見て住所を調べ、その後、偶然を装って出逢いを作った。すべてが計画ずくだったのである。
柚木は眠っている舞子を寝室に運び、ベッドに寝かせると、ビデオカメラをセットした。
盗み見たカルテによると、高木舞子は二十八歳。自由ヶ丘の高級住宅地に住んでいる、ブランド好きのほっそり美人で、しかも誇り高そうな人妻である。
育ちがいいことと美貌を鼻にかけていて、それが表情に現れている。初めて見た時は、なんと気取った女だろうと思った。
しかし、ベッドに寝かせられた舞子は、愛らしい寝顔を見せたまま、かすかな寝息を立てている。
うっすらと口を開いた顔からは、いつもの気取りが消えている。上流の奥様ぶっていても、実は情欲に飢えていて、ふらふらと男についてきた人妻そのものの顔である。
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