花森えりか 深夜の囁き
目 次
深夜の囁き
第一章 欲望の樹液
第二章 媚薬カクテル
第三章 濡れる予感
第四章 妖しい下着
第五章 陶酔のうねり
〔珠玉短編集〕
柔肌が燃える時
いけない欲望
あなたと疼く夜
妄想の視線
好きなようにして
夢の性宴
犯されて愛して
(C)Erika Hanamori
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深夜の囁き
第一章 欲望の樹液
1
身体が心を裏切る――という言葉があるけれど、千絵美は今、肉体の熱い欲望を必死で抑えていた。
男の目の前で、服の上から乳房を、ギュッと握り締めたくてたまらないのだ。
男は、恋人でも愛人でもない。
かといって、意気投合した行きずりの男でも、なかった。
知人の男と、真面目で深刻な話をしている最中である。
ふと、話がうわのそらになり、乳房をギュッと握り締めたい狂おしい欲望に襲われては、抑制しているのだった。
(あたしって女は、ほんとに、どうかしてるわ)
まるで露出狂の変態男みたい――と、そんな思いも、かすめる。
電車の中や路上で、ズボンの股間部をあらわにし、自分の性器を女性たちに見せつけて愉しんでいるという男。
そんな変態男の変態行為を、満員電車の中で見てしまったという友達の話を、聞いたことがある。
その変態男と似たような欲望といえるかもしれなかった。
(今、津山さんの目の前で、このふくよかなおっぱいをギュッと握り締めちゃったら、彼は一体、どんな顔をするかしら)
そう思うと、ぞくぞくするほど昂奮してしまう。
もちろん現実に、そんなことはできない。
津山敬一は、千絵美が夫と住むマンションの、同じ階の部屋に妻子と住んでいる。
二十八歳の千絵美より、八つ年上の三十六歳。
特に美男子とかリッチな男というわけでもない、平均的なサラリーマンだ。
昨夜、偶然、マンションのエレベーターの中で乗り合わせた時、話したいことがあると、千絵美が言い、津山が時間と場所を指定して、今日、初めて会うことになったのだった。
千絵美の夫と、津山の妻が不倫しているらしいと、打ち明けたのだ。
そんな後に、津山の前で、しかも人目のある場所で卑猥な行為なんて、もちろん、できるはずもなかった。
午後一時過ぎである。
二人は、ホテルのコーヒー・ラウンジのテーブルをはさんで、向かい合っている。
津山敬一と、個人的に会うのは、今日が初めてだった。
「もしかしたら、奥さん、睡眠不足なんじゃないですか?」
津山敬一が、新たな煙草にライターの火をつけて言った。
「えッ……ええ、そうなんですの」
少し慌てたように、千絵美は答えた。
「何だか眼がトロンとして、瞳が潤んでるみたいだ。男から見ると、実に色っぽい表情だな」
「まあ……」
千絵美は、恥ずかしそうに、うつむいた。
「だって、眠れないのも無理ないでしょう? さっき言ったように、主人が浮気してるかもしれないんですもの」
彼の同情を引くように、千絵美は寂しそうな声で言った。
「しかし、驚いたな、ご主人の浮気相手が、うちの女房だなんて」
そう言うわりに津山はショックな顔つきでもなく、千絵美のワンピースの下の豊かな乳房を想像するような眼をしていた。
「いつか主人たら、道路で会った奥さんのこと、美人だな、って言ってましたわ。それに、このごろ、あの……言いにくいんですけど、夫婦のあれが……ちっとも、ないんですもの」
と、千絵美は恥じらいながら、消え入りそうな声になった。
「夫婦のあれが、って、つまりセックスレス、っていうことですか?」
津山は煙草の火を灰皿に押しつけ消しながら、千絵美の胸のふくらみと唇に、好色そうな視線を走らせた。
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