子母澤 類 ルージュの刻印
目 次
裸身の微笑み
妖しい芳醇
夜ごとの天使
蜜壺泣かせ
制服の女神
女子アナ濡れ予報
喜悦のストレートフラッシュ
ルージュの刻印
ほとばしる恍惚
セクハラ発進
ご奉仕します
(C)Rui Shimozawa
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裸身の微笑み
1
「すみませーん! 乗りますっ」
閉じかけた扉をすり抜けるように、紗矢はエレベーターに飛びこんだ。
入ったとたん、男の厚い胸に飛び込むかたちになった。
「あっ」
ほのかに男物のトワレの香りがした。あわてて離れようとすると、紗矢の髪が引っ張られた。セミロングの細い巻き毛が、男の胸もとの社章にひっかかってしまっていた。
「も……申し訳ありません」
紗矢は真っ赤になって、からみついた髪をあわてて解いた。顔を上げると、伊藤専務は紗矢をいくらか貪婪な目つきで見ていた。
エレベーターの小さな箱の中は、専務と紗矢の二人きりだった。
「また君か。よくエレベーターで一緒になるね」
専務の声は、湿り気を帯びて聞こえた。
「はい」
うつむきながら、紗矢は上目遣いでちらっと見て、小さな声で答えた。
「ええと、西田紗矢くんか。今年の新人だね」
胸元の名前のプレートを見ながら専務が言った。
「もしかして、君も十五階の研修室へ?」
「はい。これから伊藤専務が新人研修のお話をされるんですね」
「とすると、君は遅刻じゃないか」
「申し訳ありません」
紗矢の頭の上で専務が低い声で笑った。
「君は、あやまってばかりいるね」
デジタル表示で十五階の案内が出て、エレベーターの扉が開いた。専務は紗矢を先に行かせてくれた。
紗矢は一瞬、ぎこちない笑顔を浮かべて専務を見た。ねとついた男の視線が、からまった髪のように、紗矢にまとわりついてきた。
ぺこりと頭を下げると、逃げるように紗矢は廊下を走った。今日のベージュのスーツはぴったりと体を包んでいて、スカートは短めだった。
背中に、刺すような熱い視線を感じた。スリットからのぞく紗矢の自慢の脚を、伊藤専務が見ているだろうことは、紗矢には承知のうえだった。
西田紗矢は、短大を出て青山通りに面したこの商社に四月に入社したばかりの二十歳だった。まだ社員研修を受けている段階だが、紗矢の配属の希望は、華やかなファッション商品企画部だった。
だが、一般事務職にまわされるであろうことは、わかりきっていた。紗矢だけが、たまに研修から外されることがあった。考えてみれば、同期入社の女子社員は、紗矢をのぞくとみな大学卒だった。
研修室に遅れて入ったせいで、一番前の椅子しか空いていなかった。紗矢が席についたのと同時にドアが開いて、伊藤専務が入ってきた。
紗矢はすぐ目の前で話しはじめた男を、じっと見つめた。
四十三歳の年齢の割には伊藤重治は貫禄があり、ずっと年上に見えた。十人の新人社員をじろりと一瞥する目つきは、いつものように鋭く、話す態度は尊大だった。
社長の甥にあたるせいか、伊藤の会社での態度はひどく横柄だった。
厚い唇は下向きに曲がって、いつも機嫌が悪そうに見えた。紗矢はそれが自分の白い皮膚に押しつけられることを想像してみて、ぞっとした。
たった今話した彼とは、まるで別人のようだった。
毎日二度もエレベーターで一緒になるのは、偶然ではなかった。紗矢がわざわざ、専務の来るのを待ってから乗るからだった。
紗矢はテーブルから横に脚を出し、専務に見えるようにして脚を組んだ。ミニスカートがまくれあがり、白い腿がむき出しになった。
紗矢はうるんだ目で、わが社の今後の目標を話している男を窺った。だが講習会中、伊藤専務から粘ついた視線のひとかけらも、紗矢に向けられることはなかった。
その日の夕方だった。紗矢がパソコンのスイッチを切り、帰り支度をはじめたときに、フロアから内線電話が回ってきた。
「伊藤専務よ。むずかしい方だから、ていねいにね」
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