官能小説販売サイト 冴島学 『ガイドボーカル〜美優の憂い〜』
おとなの本屋・さん


冴島 学    ガイドボーカル〜美優の憂い〜

目 次
第1章 隠微な夜
第2章 新たな快感
第3章 薄茶色の水
第4章 艶めかしい光景
第5章 幻のメロディ

(C)Gaku Saejima

◎ご注意
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、改竄、公衆送信すること、および有償無償にかかわらず、本データを第三者に譲渡することを禁じます。
個人利用の目的以外での複製等の違法行為、もしくは第三者へ譲渡をしますと著作権法、その他関連法によって処罰されます。


 第1章 隠微な夜

 駅前広場の時計塔脇の外気温度計はマイナス二度を示していた。都内ではめずらしい冷え込みだ。美優の目には街のネオンが二重、三重にぼやけて見え、肌をすり抜けていく深夜の空気は冷たいはずなのに、何も感じないほど感覚が麻痺している。
 髪を振り乱したままホテルを飛び出して、よろめくようになりながら歩き、何とかタクシーを拾い和成の待つマンション前までたどり着くことが出来た。
 深夜二時。
 外階段を昇って二階まで行き、そこからエレベーターに乗ろうとしたとき、通路を歩いてくる一階のテナントに入っている顔見知りの『バーMAX』のママとすれ違った。
「あら、遅いお帰りですね」
 皮肉っぽい口調で、声をかけられた。
「こんばんは」
 美優は立ち止まり、伏目がちに軽くあいさつした。若作りしているが、三十代後半にはなっているだろう。しかし、スタイルの良さはいつも羨ましく思っていた。自分もその体型だったら、これまでの人生が違っていたに違いない。
 一階のテナントには、八軒のバー、飲食店が入っているが、なぜか、その名前の知らないママとはよく顔を合わせていた。
 マンションビルの二階から五階までが、居住スペースになっている。美優が和成と住んでいるのは五階の一番奥の3LDKのマンションだ。
(二階になにか用事でもあったのかしら)
 玄関に入って、静かに深呼吸をして呼吸を整えて乱れた髪を手櫛で整えた。
 和成はすでに夢の中のはずだ。
 一歳年上の大野田和成と暮らし始めて三年が過ぎた。美優は人生の節目の年を迎えようとしている。あと数ヶ月で三十歳の大台に乗る。
 この三年間、好きなことをさせてもらっているのも和成のおかげと感謝の気持がある。お互いに燃え上がるような感情は抱いていない。少なくとも和成はそうだろう。
 二人の関係は恋人同士とは呼べない。美優は住まわせてもらうかわりに、身の回りの世話をしてあげる。もちろん、ときおり性の奉仕はある。他人以上恋人未満の奇妙な関係でもある。
 十代で歌手になる夢を持ち、普通の女の子ならば、すぐにあきらめたはずだが、美優は歌唱力があって、小規模のカラオケ大会などでは何度も優勝していた。オーディションでも最終選考にまで残ったこともあって、それであきらめきれずに、十年の歳月が流れてしまっている。
 そして今は、歌手と名乗ることができるか微妙なガイドボーカルの仕事をしている。カラオケでお手本となって歌うのだが、通常、もとの歌い手と声質が似ている人が選ばれるが、美優はかなりレパートリーが広い。普通のガイドボーカリストの三、四倍の仕事をこなしている。現在の収入ならば自活も可能だ。だが出来高制なので、それがいつまで続くかわからない。
 和成から求婚されるほど愛されてはいないとはわかっていても、現状から逃げ出したいとは思っていない。これまでのバイト収入だけでは、とても今の生活は出来ないことは承知している。
 3LDKのマンションに住むことなど不可能だった。和成の援助があってのことなのだ。
 愛人、祖母が子供の頃、話していた「2号さん」というようなものでもない。和成は妻がいないのだから……。
 美優は百五十七センチの平凡な身長で特に美人でもない。そんな自分が歌手になろうと考えたのは無謀だったのだと、何度も考えたことがあった。
 玄関で立ちつくすと、これまでの東京の生活が一瞬のうちに脳裏を駆け巡っていった。
 そっと靴を脱いであがった。
 家の中は、暖房は切ってあるようだがほのかに暖かく、和成の体温が感じられる。突然息苦しくなるほどのうしろめたさを感じた。
 しかし、すぐに仕方がないのだと思い直した。
(これは私にとって大きなチャンスなんだから)
 キッチンへ行くとシンクの中には洗いものがたまっていた。テーブルの上のウイスキーのビンの中身はかなり少なくなっていて、炭酸水も3本空になっている。ハイボールをかなり飲んだようだ。
 寝室から和成の声がした。
「美優、帰ったのかい。泊ると言ってたじゃないか」
 和成がろれつが回らないような声で尋ねてきた。
「起こしちゃった? ごめんね。眠るのは、やっぱり家がいいと思って帰ってきちゃったわ」
 初めてのテレビ出演が決まって、仲間がスパでお祝いをしてくれると言って家を出たのだ。
「そっか……」
 和成はそう言って、しばらく経つと、安心したのか、すぐに寝息が聞こえてきた。
 コンビニで働いていたときに、よく来る客が和成だった。少しずつ言葉を交わすようになり、飲みに誘われた。アパート代を払うのにも苦労していた時期だったので、美優は恋愛というよりも和成の経済力にすがったことは事実だった。
 美優は、本名は三崎優子だが、歌手を志してから、自分で美優と名乗っている。
 和成は職業をトレーダーだと名乗っていたが、一緒に暮らしてみると親の資産を受け継いで、自宅で株式投資をしているだけのようだ。
 それだけで通常の生活は維持していけるのだという。家出をするように田舎から出てきた美優にとっては羨ましいかぎりだ。
「私たちこれからどうなるのかしら」
「結婚してもいいけど、別にそんなことにこだわることもないと思うし」
 何度か、和成からそんな言葉が出たこともあった。
「あなたに私はふさわしいのかしら」
 美優は、まだ華やかな世界に憧れがあって、主婦におさまる気持ちがなかった。
 美優は浴室に行き、身体を這った男の唾液を洗い流した。
「和成を起こさなくっちゃ」
 現状の生活を捨てがたい想いが口をついて出た。
 美優はバスタブに浸かって、瞳を閉じた。

     *

 数時間前、豪華なシティホテルの一室で、美優は、上半身はブラジャーだけ、下半身はパンティとガーターベルト姿にさせられていた。
 音楽事務所である「エクセレント企画」柴山哲社長のリクエストだ。
 美優のこれまでの人生の中で、宿泊したことのない豪華な部屋だ。ホームバーもある。
 美優は柴山とリビングルームにいるが、それも二十畳ほどの広さがある。その奥がベッドルームとバスルームらしい。広い窓からは東京の夜景が見渡せる。


 
 
 
 
〜〜『ガイドボーカル〜美優の憂い〜』(冴島学)〜〜
 
*このつづきは、ブラウザの「戻る」をクリックして前ページに戻り、ご購入されてお楽しみください。
 
「冴島学」 作品一覧へ

(C)おとなの本屋・さん