官能小説販売サイト 末廣圭 『恋虜』
おとなの本屋・さん


末廣 圭    こい  とりこ

目 次
第一章 ボディガード
第二章 バツイチの女
第三章 危ない撮影
第四章 白い交わり
第五章 恩師の艶
第六章 性なる恩返し
第七章 清めの儀式
第八章 めでたい七回忌
第九章 肩 車
第十章 ああっ、初体験
第十一章 究極の欲求不満
第十二章 押しかけられて

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 第一章 ボディガード

     1

 夕方から降りはじめた冷たい雨は、夜の十時をすぎて本降りになった。
「いやね、雨って。今夜はお茶を引いてしまいそうだわ」
 カウンターを挟んで、客のブランデーを断りもなく呑みながら、ママはゆううつそうな声で言った。栗色に染めた巻き髪を、さりげなく指先ですくあたりのしぐさは、なかなか色っぽい。
 が、年齢不詳だった。
 本名がさくらで戸籍上は独身であるらしいことは、『スナック・桜』に通いはじめて二年も経ってから、やっと聞いたことだった。
「あのね、俺だって立派な客だよ。お茶を引いてしまうなんて、聞き捨てならないな」
 タバコの煙を丸い輪にして吐きだし、げんてつはニヤッと笑って言い返した。
「そうね、げんさんもお客さんだったわね。でも、もう間もなく彼女がいらっしゃって、わたしなんか相手にもされなくなるわ」
「しょうがないだろう。これも仕事のうちだ」
「ねえ、あの女性は、玄さんの恋人なの?」
 いきなりママは、カウンターに半身を乗りだした。襟ぐりの深いむらさきのワンピースから、かなり豊満な乳房の谷間があらわになる。熟した色気を発散させてくるサービスは満点なのだが、鼻がせてしまいそうな甘ったるいパヒュームの匂いが気に食わない。
「残念ながら、キスをしたこともない」
「ウソでしょう。一週間に二度も三度もデートをして、キスもしてないなんて」
「なかなかの美人だろう」
「そうなの。うまく売り出したら、お色気女優さんになりそうよ」
「本人もその気でいるらしい。モデルかタレントになりたいとね」
 グラスに残っていたブランデーを呑み干しママは、酔いの混じった視線を投げてきた。装飾品の品評会のようにジャラジャラくっ付けているネックレスやイヤリング、ブレスレットはおおだし、化粧も濃い。
 余計なものをいっさい付けないママとだったら、二人っきりになれるところに誘ってみたい欲望は、以前からあった。
「不釣り合いね……」
 ママがぼそっとつぶやいた。
「俺とママが、か?」
「違いますよ、玄さんと彼女のこと」
「どうしてさ?」
「美女と野獣って言うか……。玄さんは、顔は真っ黒だし、お鼻は丸くて太い眉毛。少し可愛いのは唇ぐらいでしょう」
「ずいぶん誉めてくれるな。しかしだよ、俺と彼女の間には、男と女の感情の交流が爪のあかほどもないんだから、俺が野獣でも関係ないことだろう」
「それじゃどうして頻繁にお酒を呑んで、ひそひそ話をしているのかしら?」
「まあ、それはだ、俺が人生相談にのってやっていることと、ボディガードの役目を果たしているからだろうな」
「へーっ、玄さんて、そんなに喧嘩が強かったの。体格だって、大きいほうじゃないでしょう」
「これでも学生時代は、柔道と空手をやっていたんだ。チンピラの二人や三人だったら、あっと言う間にねじ伏せてやる」
 しのつく雨の中をわざわざ出掛けてきたのは、ママと無駄話をするためではなかった。
 ふじわらとの約束は十時で、すでに三十分近く彼女は遅刻している。
 ――藤原真帆との出会いは、二カ月ほどの前のことだった。ちゃみず駅からちょうに向かうだらだら坂の途中で、彼女はタクシーを待っていたらしい。
 深夜に近い時間で、人通りは少なかった。
 一杯機嫌で歩いていた玄田の二十メートルほど先で、異変が起きた。三人の男が彼女を取り巻いた。叫び声が聞こえた。彼女は腕を取られた。
 通りすがりの人間は、厄介に巻きこまれたくないと、素通りしていった。
 ほうっておくわけにはいかない……。久しぶりに玄田は、腕をす蛮勇を覚えた。おいっ! 痛い目に遭いたくなかったら、その女性から手を離せ……。足早に近寄り、かくした。
 三人の男は振り返った。
 一メートル七十センチちょうどしかない玄田を、三人の男は甘く見たようだ。うるせいっ! 邪魔すんな! 一番ノッポの男が口汚くののしった。
 邪魔をするつもりはない。しかし彼女はいやがっているんだぜ。お前さんたちに取り巻かれる理由はないと。だから俺は助っ人に出てきたまでよ……。玄田は声を低めて言った。
 左端にいた小太りの男が一歩前に出た。似合わない顎ヒゲは子供っぽい顔立ちをカモフラージュするためなのだろう。
 俺たちは三人なんだ。ケガをする前にさっさと消えな……。ふんぞり返って男は、片手で玄田の胸倉をつかもうとした。このバカが……。一瞬の早業で玄田は、男の手をさかに取った。ギャッ! 男は悲鳴をあげた。
 おいっ、三人ともよく聞け。この男の手の骨が折れてもよかったら、どこからでもかかってきな。救急病院はすぐそばにある。俺は無責任な男じゃない。警察官を同道して病院に送りこんでやるから、心配するな。その代わり、残った二人のろっこつが二、三本折れてからのことだ……。玄田は凄んだ。
 単なる脅しではない。
 逆手に取った小太りの男の手首は、ギシギシきしんで、複雑骨折させるのに数秒とかからない状態にあった。
 だっごとく逃げだしたのはノッポだった。慌てふためいて、もう一人の男がつづいた。小太りは青ざめた。足をばたつかせるが、柔道の技で決められた手首を解きほぐすことはできない。
 冷たいもんだな、お前の仲間は。骨が折れそうになっている友達を見捨てて、逃げてしまったぞ。救急病院に運びこまれたいか、それともねんくらいで終わりたいか、どっちだ……。玄田はニヤリと笑って聞いた。
 悪かった。謝るから手を離してくれ……。半泣きになって小太りは、か細い声を発した。俺に謝ることはない。謝る相手はそこにいるお嬢さんだ。彼女の前にをして、額を地面にこすり付けて詫びたら、許してやる。ただし、ちょっとでも反攻に出たら、両方の手を白いギブスで吊ることになるぞ……。
 玄田の声に小太りは、膝から崩れ落ちた。
 決めた手を離してやった。
 おそらく手がしびれてしまったのだろう。片手を地面に突けることもできず、男は背中を丸めて頭を垂れた。
 そのときになって初めて玄田は、道端に立ちすくんでいた女に目を移した。オレンジ色のタンクトップにジーンズのミニスカートで、長い髪は肩口でシャギーにカットされていた。
 数秒間、土下座をしていた小太りが決められていた手を振りながら、逃げていったのを横目で追いながら女は、くくっと笑った。
 どっちもどっちだな……。女のファッションを眺めて、玄田は頭のどこかで納得した。夜遅くの女の一人歩きにしては、無用心この上なかった。タンクトップの裾は布地を倹約しているのかと思うほど短く、スカートとの隙間にへそが丸出しだった。
 しかも太腿の三分の二も剥き出しにしているスカートの下は、ストッキングも穿いていない。
 おじさんて、すごいのね……。彼女は黄色い声を張りあげた。礼の一言も吐かず、瞳をまん丸に見開いた。
 おじさんはないだろう。俺は三十二歳になったばかりで、嫁さんもいない。玄田は腹の中でぼやいた。
 ケガはしていないんだろう……。少し腹立たしい思いをいさめ、猫撫で声で聞いた。あっ、ごめんなさい。お礼を言うのを忘れていたわ。でもね、すごく強いからびっくりしちゃったの……。俺が強いんじゃなく、あいつらが弱いだけさ。しかしな、夜中に一人で歩くときは、もう少し肌の露出に注意したほうがいいな。おじさんの俺が見たって、むらむらしてしまう……。
 そんな会話が交わされた。


 
 
 
 
〜〜『恋虜』(末廣圭)〜〜
 
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