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北山悦史    淫能の秘剣

目 次
第一章 逃 亡
第二章 心、すさ
第三章 仇討ち
第四章 異能感得
第五章 蒸れ草いきれ
終 章 肉剣の詫び

(C)Etsushi Kitayama

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 第一章 逃 亡

     一

 眼下に遠く、いだ海が広がっている。港を出て行く大船は名に聞く木更津船か。
 昨日、緑陰にまぎれるようにして養老の谷を抜け、峠を越えてこの木更津に逃げ出してきたときは、その船に便乗して江戸へという思いが頭にあった。
 しかし、夜になって木賃宿に身を伏せてから、考え直した。自分が来たのとは異なる道で早馬でも飛ばせば、とっくの昔に木更津の港に着いているだろう。
 逃げ出した当初、頭にあったのは江戸の町。自分がそう考えたのであれば、ほかの人間でも考えつくだろう。船に乗ろうとして行ったこの身が、わけもなく捕り方たちの手に落ちることは、大いにありうる。捕まりたくはない。世間に恥をさらしたくない。
(陸路、江戸に向かうしかないか)
 木賃宿の隅でそう思い、すぐさま決断したのだった。
 まだ日が高い。二刻ばかり様子を見て、日が傾いてからここを北に向かおう。道は生実おゆみ藩につづいているはずだ。生実までは捕り方の手は伸びないだろう。
(おれは追われる身か……)
 罪人なのだと思うと、口惜しさに歯が音を立てた。この世に生を受けて十八年。他人からめられることはあっても、後ろ指のひとつも指されることはなかった。それが……。
 穏やかなづきの昼の海に、漁民の船が散在している。この丘からは認められないが、浜で貝や海苔を採っている漁民もいるだろう。みんな、昨日と同じ生活を営んでいる。
 ほんの一日前まで、この自分もそうだった。よもや人をあやめ、それも二人も殺めて藩を逃れようとは、夢のまた夢にも思わなかった。盗みも働いた。武士であるこの自分が、だ。
 大海原のはるかかなたの霞の上に、白雪を頂いた富士の峰が浮かんでいる。その右手、ここの真北が江戸だ。江戸に行けば、何とか道は開けるだろう。いや、開かねばならない。自分は武士なのだ。それも腕の立つ。きっと、剣の道で名を上げてみせる。
 もちづきしげろうはこぶしを握り締め、歯を食いしばった。そしてその手を、見つめた。
 刀のつかの手触り、骨を断ったときのごつい手応えが、一昼夜たった今も、如実に残っている。己の剣の修行は、人を斬るためだったのか。
「おせん殿……」
 この手でとどめを刺した女の死に顔を思った。口から下は血に染まっていたが、思いを寄せている繁次郎の手で冥土に送られたという、満足げな顔だった。
 いや、それは独りよがりというものか。幼いろうは剣の稽古から戻ってきて、変わり果てた父母に、いったいどうしただろうか。
(すべて運命と思うしかないだろう)
 自分もそうなのだと、数かぎりなく稽古をつけてやったまだ七歳の佐太郎に、詫び心半分、言い訳をした。
 上総かずさ国、おお藩の家臣の次男として生まれた。そもそもそれが、自分の運命というものだったのだろう。家督の継げない自分は、ほかの道に人生を見出すよりなかった。
 剣の腕が立ったのは、もって生まれた能力とでもいうものだったのか。好きでもあり、物心がついたときから棒切れを振り回していた。母のは、剣で身を立てるがよいと何かと世話を焼き、後押しをしてくれた。
 しかし天は、容姿のよさまで授けてくれた。それは母譲りのものだったのだろう。幼くは紅顔の美少年、十五歳を過ぎてからは、しさのあるやさおとこ――。
 自分ではどうとも思わないが、それが、世間が自分につけた呼び名だった。背丈が五尺八寸を超すのも、人の目を惹くのかもしれなかった。
 小さいときから女たちにちやほやされ、十歳にもなると秋波を送ってくる女があとを絶たず、十五の春には「男」となった。だが、剣の腕も女も、いりはしなかった。自分は、長子として生まれたかった。
 三つ年上の兄のげんろうの名前を、幾百度、幾千度、羨ましく思ったことだろう。十歳を過ぎるころから、自分が兄に剣で負けることはなくなったが、少しも嬉しくはなかった。自分は、「太郎」という名が欲しかったのだ。
 早々に剣で兄を打ち負かすようになったのは、天性のものだけでなく、兄は太郎、自分は次郎という、その引け目のようなものが裏にあったのだと思う。
(普通の男に生まれていれば、何もお仙殿をこの手で……)
 とどめを刺した小刀を見下ろし、繁次郎は深くため息をついた。

 昨朝、書物を読んでいた繁次郎は、緑を見て目を休めようと思い、ぶらりと屋敷を出た。近所の散策といえども武士の身分。はかまを着け、腰には大小を帯びた。
「繁次郎殿、どちらへ」
 武家屋敷から小高い森に足を向けたとき、後ろから声をかけられた。じき近くに住む、大多喜藩家臣、やましなじゅうざぶろうの妻、お仙だった。
 まるまげおは漿ぐろ、明るい鼠色の着物を着たお仙とは、ずっと以前から親しくしていた。一人息子の佐太郎の、個人的な剣の指南役にと乞われ、その任を楽しんでもきた。
 しかし、お仙のもくろみが繁次郎に近づくためだったのだとは、女を知るようになってから気づいたことだった。そして事実、ここ一、二年は、どこかで見張ってでもいたのかと思うぐらい、お仙はよく繁次郎の前に現れた。
 肌を合わせたことはない。父のじゅうろうと山科重三郎とは近しくしていて、重三郎はときおり繁次郎の家に顔を見せてもいた。それで、繁次郎も親しい口をきいていた。息子とも師弟の間柄であるその女を抱くなど、できもしなかったし、するつもりもなかった。
 いくら美人といっても、だった。二十五を過ぎたお仙は、雪白のもち肌をした美女で、女の部分も、いかにも具合がよさそうに思えた。しかし人間として、やってはならぬことがあると、繁次郎は堅く自分を戒めていた。
 それが昨日は、何がどう狂っていたのか。お仙が人妻の妖艶さをあらわにして、いつになく直接的に求めてきたからか。それとも繁次郎のほうにも、気のゆるみのようなものがあったのか。
「ねえ、繁次郎殿、わたしにもお情けを。後生でございます」
 あたりに人気がないのを幸いに、お仙はたもとにすがりついてきた。
「いけません。よいこととそうでないこととがありますでしょう」
「わたしでない女になら、そんなことは言わないはずです。わたしの何が、気に入らないのですか。わたしが、子持ちの中年増だからなのですか」
「そういったことを申しているのではありません。わたしは、親しい人間を裏切るようなことはできないと言っているのです」
「表沙汰にさえならなければ、裏切るも何もないじゃございませんか。当人たちが黙っていればすむことでございましょう」
 鉄漿の匂いがするほど顔を寄せ、お仙は執拗に食い下がった。繁次郎の腕に寄り添うのにかこつけて、胸の柔肉を押しつけてきてもいる。
 豊満な乳房だった。言い寄られて幾人もの女とまぐわいを持ったが、これほどの女がいたかとすら思った。胸がこれほどならば、下のほうはもっとすごいのではないか。
 むらむらと込み上げてくるものがあった。考えてみれば、最近は剣の修行と読書に明け暮れ、もう半月も女を抱いていない。
「お情けを。一度きりでいいのです。たった一度でいいのです。繁次郎殿のお情けを、わたしに与えてくださいませ」
「こんな昼日中、何を申されますか」
 そう繁次郎が言ったのが、心のゆるみというものだったのかもしれない。
「今だからよいのです。山科は城に参っております。佐太郎は剣の稽古で、道場に行っております。二人とも、昼餉まで戻ってまいりません」
 言いながらお仙は、まろやかな腰を、ふっくらとしたおなかを、むっちりと肉づいた腿を、こすりつけてきた。
 とろける白肉の美味さ加減が、手に取るように感じられた。男のものは、みるみる突き勃ちはじめた。


 
 
 
 
〜〜『淫能の秘剣』(北山悦史)〜〜
 
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