末廣 圭 情 夢
目 次
第1章 妻の妹
第2章 自信回復
第3章 初めてのキス
第4章 ペナルティ
第5章 若妻の悶え
第6章 和倉の海
第7章 姉の職業
第8章 意外な告白
第9章 情炎の叫び
(C)Kei Suehiro
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第1章 妻の妹
ゴールデン・ウィークが過ぎて、季節は急に初夏めいてきた。一週間もぶっ続けで休んだせいか、いくらか躯が重い。俺もだらけた体質になったもんだよ……。新橋にある会社のデスクに着くなり城戸祐二は、ジャケットを脱ぎネクタイを緩めた。
資料の山に埋もれ、蓋の閉じられているノートパソコンが、会社における今の自分の存在を象徴しているかのようで、何となくわびしい。
編集委員の辞令が出るまでは夏の到来が躯を活気付かせ、年齢を感じさせない若さを漲らせたものだった。プロ野球のペナント・レースは佳境に入り、会社のデスクに座っている時間など、ほとんどなかったからだ。
運動部の現場を離れ、編集委員に配置転換させられたのは三年前だった。聞こえのいい肩書きだが、要は定年の六十歳を迎えるまでの閑職で、出社したところで大した仕事があるわけではない。
さらに具合の悪いのは五年前、新社屋に移ってから社内禁煙になったことだ。タバコを吸いたいヤツは廊下の端っこにある喫煙室に行けと、無慈悲なお触れが出た。喫煙室とは名ばかりで、粗末な木製のベンチが二つ並んでいるだけの、姥捨て山の存在になっている。
愛煙家の人権を無視した冷たい仕打ちだと力んだところで、世の中の趨勢には勝てない。
読売ジャイアンツのV9時代を最盛期として、東都スポーツはプロ野球を筆頭に日本のスポーツ界に君臨、寄与してきた、伝統を誇るスポーツ新聞だった。
当時、記者連中はくわえタバコで仕事をした。デスクの灰皿は吸殻で山となり、編集部内は紫煙でもうもうとしていた。必ずしも健康的とは言えないが、そうした熱気溢れる仕事場にやる気が起きたものだった。
原稿を書くのは桝目のでかいザラ紙の東都スポーツ専用の原稿用紙で、今のようにワープロやパソコンを使う記者はほとんどいなかった。
タバコの煙が一筋も昇らない編集部の、そんな余所余所しい雰囲気がますます居心地を悪くする。
(時代の流れには逆らえないよ……)
デスクに座っても、さし当たってやる仕事はないから城戸は、タバコをつかんで喫煙室に歩こうとした。
そのとき女性社員が小走りで近寄ってきた。
「城戸さん、局長がお呼びです」
「白石さんが?」
「はい。午前中からお待ちになっていました」
(何事なんだ?)
壁の時計に目を移した。一時半を指していた。とくに出勤時間を決められているわけではない。
局長の白石亘に呼び出されたことなど、この一年近くなかったことだ。城戸より二歳年上の白石は取締役兼編集局長の重責を担っていた。取材現場に居たころは敏腕記者として鳴らしていたし、彼の軽妙かつ洒脱な野球解説記事は、東都スポーツの販売部数増の一因にもなっていた。
しかし経営陣の一角に納まって以来、その豪放磊落な性格は影を潜め、非常に神経質な男に成り下がってしまったと、城戸はやや呆れ顔で眺めていたところもあった。
五十坪以上は優にある部屋の一番奥の局長デスクに目を遣った。
(少し痩せたのか……)
老眼鏡を鼻の先に引っかけ、デスクの上にある書類に目を通している。気難しそうな顔付きだ。会社の取材費を乱用した覚えはないし、たまにある仕事でミスを犯した記憶もなかった。
喫煙室に行くことをあきらめ、局長デスクに向かった。
「何か、お話があるとか……?」
白石の仏頂面に気おされ城戸は、恐る恐る声をかけた。髪はすっかり白くなっているし、後頭部は薄い。老眼鏡の縁越しにギョロリと睨まれた。一言も洩らさず白石は、むっくり起きあがり、局長デスクの横にある接客用の小部屋に入った。
(ふーん、普通じゃないな……)
しかし小言を吐かれる筋合いはない。
足の低いテーブルを挟んで、対座した。白石はまた、ギロリと睨んできた。
「きみは小沢久美子さんと言う女性を、知っているかね」
何の前ぶれもなく白石は聞いた。
「えっ、小沢さん……、ですか」
「そうだ、久しく、美しい、子だ」
久美子と言う名前は、どこかで聞いたような覚えもあったが、小沢なる姓は政治家で聞いたことしかなかった。
「その、小沢久美子さんが、どうかしましたか」
「だから、知っているかどうかを尋ねているんだ」
白石はますます不機嫌な表情になる。不機嫌な証拠は必要以上に瞬きする癖があって、どこやらの知事とそっくりなのだ。
「いや、まるで記憶がありませんね」
「飲み屋の女でもか?」
「かなり執拗なご質問ですが、わたしに何か関係があるんでしょうか。スナックや居酒屋にも出入りしていますが、そこで働いている女たちの本名を、すべて知っているわけではありませんしね」
城戸の応えを聞き終わらないうちに白石は、背広のポケットからメモ帳を抜き出した。めくった中に、小さな新聞の切り抜きが挟まれていた。白石はその切り抜きをテーブルの上に載せた。
「これはきみが書いたコラムだろうな」
目を通した。タイトルは『和倉の今昔』となっていて、一週間ほど前のレジャー面に、城戸が50行ほど書いたコラムだった。紙面全体は石川県の能登半島のちょうど中央に位置する和倉温泉を紹介するものだったが、味付けの意味で、城戸が小学校に通っていたころの和倉の思い出を記したものだ。
当時はこれほど華やかな温泉街ではなかった。自然の残る景勝の地であった。
「文化部の連中と雑談しているとき、つい昔のことを思い出しまして、興味があったら載せてみたらどうかと、わたしが書いたものでしたが……」
コラムの最後に(城戸祐二)と書名入りまでされていた。
「きみは石川県の出身だったのか」
「はあ、生まれは和倉で、高校を卒業するまで石川県におりましたが」
「なるほどね……」
白石は切り抜きに目を落とし、口をつぐんだ。
「このコラムと、その……、小沢久美子さんと何か関係があるとか?」
「行方不明らしい」
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