官能小説販売サイト 末廣圭 『蒼い炎』
おとなの本屋・さん


末廣 圭    あおほのお

目 次
第一章 盗み見
第二章 童貞喪失
第三章 覗き窓
第四章 女性の構造
第五章 ピアノのレッスン
第六章 英語塾
第七章 増幅器
第八章 ラブ・ホテル
第九章 性の不思議

(C)Kei Suehiro

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 第一章 盗み見

「ただいまっ!」
 大声が電動ヤスリのけたたましい金属音にみこまれてしまった。キキ、キューン……、奥歯の底がうずいて、しびれてしまいそうな音だ。毎日、虫歯の治療をされているようだ。
 ついでに背筋まで震えてしまう。聞きなれているはずなのに、どうしてもからだになじんでくれない。
 いやな音だった。
 父親の耳に声が届いているのかどうかもわからない。背中を丸めたまま、顔を上げようともしない。電動ヤスリに線香花火のような火花が飛びちった。
 そんなスタイルはいつものことだ。気にしないことにしている。仕事に熱中しているときは、店先にお客さんが来ても、ときどきほったらかしにしてしまうほど神経を集中させている。息子も驚くほど他人には無愛想で、あいきょうがない。これでよく商売がやっていけるものだと感心してしまう。
 キューンという金属音が、一段と激しくなった。耳をふさいで自分の部屋に戻ろうとした。
「おい、つばさ、さっき電話があったぞ」
 金属音に負けない大声が飛んできた。
(帰ってきたのを知っているんなら、顔くらい上げてくれればいいだろう)
 翼は、ちょっとふてくされた。
「誰から?」
やましろさんだ。お前の同級生だろ」
 歩きかけた足に急ブレーキがかかった。胸の奥がドキンと波打った。
ちゃん?」
「一時間ほどしたら、家に電話をくれと言っていたぞ」
「あ、そう。ありがとう」
 父親は一度も顔を上げようとしないで、また電動ヤスリに線香花火を飛びちらせた。
(何の用かな?)
 すごく気になる。たった一時間ほど前、図書館の前で別れたばかりだった。
(気付かれてしまったのかな)
 顔が急にって、また心臓がコクンと高鳴った……。
 土曜日で学校の授業は昼までだった。あまり腹も空いていなかったから、授業が終わってから、まっすぐ図書館に行った。区立の図書館は大きな公園の真ん中にあって、冷房もよく効いているし、いつも静かだ。読書用のテーブルはいっぱいだった。
 小学校の高学年になったころから、こんどう翼は一人で図書館に行くのが好きになった。公園の広場で友だちが野球やサッカーをして、泥まみれになって遊んでいるのを横目で見ながら、図書館通いをした。
 友だちがいないわけではない。野球もサッカーも好きだけれど、ときどき一人になりたいこともある。図書館は自分一人の世界を作ってくれた。
 中学校に入ってから、図書館に置かれているヴィデオを見るのがおもしろくなった。
 今日はアメリカ映画のアクション・ドラマを見た。主役のスターが悪人を追っかけて、オートバイで疾走した。タイヤをきしませ、土ぼこりを巻きあげた。悪者のオートバイがひっくり返ると、その上を主役のオートバイが水面で曲芸するイルカのように飛びこえる。
「すげーっ!」
 小声で、そう叫んでしまった。ストーリーはよく覚えていなかったけれど、主役が乗りまわしていたハンドルの高い黒光りするオートバイだけが、強烈に頭にこびり付いた。
(中古でいいから、ぼくもオートバイが欲しい……)
 ヴィデオの画面に食いいりながら、翼はそう思った。映画は二時間ほどだった。
 図書館を出たとき、目がくらくらするほどの太陽がアスファルトの路面を照らしていた。図書館専用の駐輪場は、まるで書棚にぎっしり並べられた本のような形で、自転車の波ができていた。
 父親をねだり倒してやっと買ってもらったのは、マウンテン・バイクだった。これでも五万三千円したんだ、大事に乗れと、父親は自慢そうだった。学校からまっすぐ来てしまったから、マウンテン・バイクは家の軒下に置いたままで、歩いて家まで帰らなければならなかった。
 歩きかけて、足が止まった。
 数メートル先に、背中を向けた女の子がいたからだ。肩まで流れる長い髪を、しきりに指先ですいていた。ブルーとグリーンのこうじまのスカートは、翼が通う中学校の女子用の制服だ。制服を見るまでもなく、その女の子は同級生の山城果歩だということが、すぐにわかった……。

 声をかけようと思ったのに、固いツバが喉の奥に引っかかってしまったようで、声にならない。
 短いスカートの下に、掘りたての細い大根のような新鮮な足が、すんなり伸びている。それもきれいな水で洗ったばかりで、水滴が飛びちっているような。
 大人は女の人の太い足を、大根足と言うらしいけれど、果歩の足は細くて白く、太腿のまわりは薄く青みがかっていて、細い大根と表現する以外、言いあらわしようがない。
 ニンジンやキュウリでは固過ぎる。だいいちオレンジや緑の野菜では、みずみずしさがないと思ってしまう。固く引きしまったふくらはぎが、真っ白なルーズ・ソックスに埋もれていって、そんな姿をまぶしいものでも見るように、いつも遠目から隠れるように眺めていた。
 普通の女の子が穿いているルーズ・ソックスはだらしなく見える。ブカブカのソックスで、肉がたるんでしまっている太い足を、カバーしているだけじゃないか……。
 でも果歩のソックスは、固く引きしまったふくらはぎを、もっと美しく見せている。
(何か探しているのかな?)
 果歩はスカートのポケットや、手に提げたグリーンのビニール・バッグに、何度も手を入れる。真っ黒な髪が背中で揺れる。両手で挟むと、指先が届いてしまいそうなほどウエストは細い。
 果歩はクラスの女王様のような生徒だ。中学校三年だというのに、ときどき薄いピンクの口紅を塗って学校に来るときもあった。成績も三十八人いる生徒のトップ・クラスで、男子生徒の憧れの的になっていた。
 わるガキどもも果歩の前に出ると、こそこそ逃げだしてしまうほど彼女の存在は偉大だった。先生に怒られているところなど、一度も見たことがない。
 足がすくんでしまった。それでも勇気を出して近寄った。近付くというより、果歩の後ろ姿に吸いこまれていくような感覚だ。気付かれなかったら、知らんぷりをして通りすぎればいいだろう……、そう考えた。
 数メートルまで接近したとき、果歩がひょいと振りかえった。小さな顔だ。スダレのような前髪が、おでこに垂れていた。鼻筋が整っていて、可愛い唇がピンクに輝いた。暑いのかトマトみたいに赤く熟した頬に、薄く汗がにじんでいる。
 制服の胸がふっくらして、もう大人みたいだ……と、目をらそうとしたが、目と目がパチンと合ってしまった。
「あっ、近藤君」
 大きな瞳が、恥じらぐようにまばたいた。どんなことがあっても、弱気なところは絶対見せなかった果歩の表情に、驚きとうろたえが走った。少なくとも翼はそう感じた。
 初めて見たような彼女の顔のゆがみに、余裕が生まれた。片手をズボンのポケットに突っこんで、翼は半歩近寄った。
「どうしたの?」
 喉に詰まっていたツバが消えていた。舌先がなめらかになっている。中学校に入学してから、まるで竹の子のように伸びはじめた身長は、百七十五センチになっていた。果歩の小さな頭を見おろしている。
「自転車の鍵……、どっかに落としてしまったらしいんだ」
 男言葉の混じる彼女の話し方も、クラスでは人気があった。誰もが遠くからまぶしく見るだけで、彼女の存在に威圧を感じていた。そんな果歩が、どこかしょげている。
 ますます話しやすくなる。
「図書館の中、見たの」
「もう何回もだよ。図鑑を借りたとき、落としたのかな」
 果歩はまたビニールのバッグに指先を入れて、かきまわした。半袖からほっそり伸びる腕が、小麦色に光った。ビニール・バッグの中に、分厚い本が三冊入っているのが見えた。彼女とこんなに接近して話したことなどなかった。いつも距離をおいて、遠くから眺めていた。近寄りがたい存在なのだ。
「自転車、ぼくが見てやるよ」
 とっに口から出た。
「鍵、開けることできる?」
「わかんないさ」
 彼女の立っている真横に、真新しい自転車があった。後ろの車輪の泥除けに、『ヤマシロ』と白いラベルに名前が書かれていた。タイヤも車体もピカピカしている。
 後ろの車輪に、丸い輪の鍵が掛かっていた。自転車を引っぱり出して、しゃがんで鍵を覗いた。自転車を間に挟んで、果歩の細い足が車輪のスポークの向こうに見える。
 細い大根の根元が、短いスカートからテラテラ光って、すっきり伸びていた。目が釘付けになった。ぴっちり張りつめた皮膚は、皮をむいたばかりのタマネギみたいな輝きを放っている。
 心臓が破裂しそうなほど、ドキンとした。新鮮なだけではない。ちょっとさわっただけで、指先がねかえされてしまいそうなほど筋肉が引き締まっている。
 鍵の具合を調べるのも忘れて、じっと見つめてしまう。目が吸いこまれそうだ。女の人の裸はコンビニや本屋に置いてある週刊誌のグラビアをこっそり盗み見て、ふーんと想像するだけだった。
 でも目の前にある果歩の太腿は、その何倍もスマートだし、きれいだ。彼女の躯にふれてみたいという欲望はあっても、しょせん無理な相談だ。その魅力的な足が目の前にある。
「翼君、大丈夫?」
 彼女の呼び方がいきなり名前に変わって、しゃがんでいた腰がビクッとねた。彼女に名前を呼ばれたことなどなかった。考えてみると、しゃがんだときから鍵など見ないで、果歩の足ばかり眺めている。
 あわてて指を鍵穴に当てる。力ずくで引っぱったところで、鍵がはずれることはない。初めて鍵の状態を見た。
(簡単だな……)
 そう思った。鍵を開けるのに二分もかからない。開けるのは簡単だけれど、開けてしまえば、果歩は帰ってしまう。それがすごく寂しい。女王様の足をじっと眺められるなんて、そんなにあるチャンスではない。
 もっと、ゆっくり見ていたい……。
 友だちの誰もが、彼女とデートしたいと思っている。手を握りたいと考えているし、躯もさわりたい。その果歩のナマ足が、五十センチの距離もおかないで立ちすくんでいる。
「開かないんだったら、自転車屋さんに行ってくるよ」
 頭の上から、少しいらついた声が降りかかった。自分の思いどおりにならないと、すぐに怒るのも、彼女の性格だ。
(しょうがないから、開けてしまうか)
 翼はワイシャツの胸ポケットから、細い耳かきのような金属を取りだした。この一本だけは、いつもポケットにしまってある。鍵穴に差しこんだ。数回こねた。すぐに当たりが探れた。そこを右にまわせば、鍵は開く。
「もう少しだから……」
 すぐに開けたくなかった。わざとカチカチひねった。
「へーっ、翼君って、そんなこと、できるんだ」
 言葉遣いはぶっきらぼうでも、果歩の驚きは充分伝わってくる。
 指先の動きに興味が湧いたのか、果歩の躯がすっと腰から落ちて、目の前にしゃがんだ。
「あっ……」
 小さな声を洩らしてしまった。思わず目を見開いた。目線をはずそうとしたのに、吸いよせられたようで、動かない。
「どうしたの?」
 果歩の問いかけが、鼓膜を素通りするようだった。
「うん……、もう少し待って」
 声が上ずった。耳かきを持っていた指がピクピク震え、額にどっと汗が噴いた。膝がガクガク揺れる。自分の躯でないようだ。
 丸い車輪の向こうに果歩のスカートがめくれ上がり、中が丸見えになってしまったからだ。おしりが地面にくっ付くほど落ちて、掘りたての大根の白さがパックリ割れていた。二本の新鮮な大根が、奥に向かって長く伸びている。柔らかそうな大根だ。
 汗が顔中からしたたり落ちる。ワイシャツの袖で乱暴に拭いた。
「暑いの?」
 彼女は心配そうに声をかけ、つま先をにじらせ、車輪に近寄った。そのせいで、さらに膝が左右に開き、真っ白な太腿が裂けひろがった。
 太腿の突きあたりに薄いピンクのパンティがひっ付いていた。目がかすんだ。必死になってまばたきした。汗が目にみこんで、ちょっと痛い。
 無闇にかきまわす耳かきの金属音が、自分の心臓の高鳴りに聞こえる。悪ガキどもだって、果歩のパンティなど、拝ませてもらったことはない。体育の時間に、ぴっちりした体操着のパンツを、生ツバを飲んで盗み見するのが精いっぱいだ。
「もう、すぐだよ」
 カラカラに渇いた口が、やっと開いた。ツバが固まってしまって、舌がうまく動かない。唇の間に瞬間接着剤を塗られたようだ。
「いいよ、ゆっくりやって」
 自分の股の間を覗かれているとも知らず、果歩は優しい声で励ましてくれる。
(あのパンティの内側はどうなっているんだ……。もう毛が生えているんだろうか?)
 パンティの中を想像した途端、腋の下からタラッと汗がしたたり落ちた。


 
 
 
 
〜〜『蒼い炎』(末廣圭)〜〜
 
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