北山悦史 淫能の野剣
目 次
第一章 美人後家と愛娘
第二章 月隠れの淫楽
第三章 尼重ね
第四章 幼き据え膳
終 章 捧げ女
(C)Etsushi Kitayama
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第一章 美人後家と愛娘
一
眩しいほどの五月晴れ。
右手ははるかかなたまで、光舞い散る緑の刃のようなススキの原。
左手はやわらかそうな夏草と野花の原。その向こうは鬱蒼とした森。
鳥のさえずりが聞こえてくる。天から降ってくるのはヒバリの声だ。
そろそろ四つ(午前十時)になろうかという時刻だ。
道の左右に畑が広がっていた辺りでは、村人とすれ違ったりもしたが、畑が原に変わってからは、とんと出会わない。
相馬国小国藩――。
柊仙太郎がこの土地に入ったのは、七日前だった。そして、ここも今日限り。今日か明日にはここを出て、女の足で三日という白河郷に向かう。
左手向こうの森から、小鳥のさえずりに混じって、カラスの鳴き声が聞こえてきた。
人の幸不幸、生き死ににかかわりなく、鳥たちは毎日ああして生きている。
小鳥とカラスは、いくらかは違うだろうか。
そうだ。人の亡骸は、カラスの格好の餌になる。
(おれもいつかは、カラスについばまれることになるのかもしれないな)
周りの景色や鳥のさえずりに故郷上総国大多喜を思い出しながら、仙太郎は思った。
お仙に愛のとどめを刺して大多喜を逃れてきてから、もうじき一年。
武者修行のつもりで、諸国を回っている。人の目には、ただの浪人、野人としか見えないだろうが。
天から授かったといってもいい異能は、ことあるごとに磨きがかかっている。
予知能力が自分の異能の核だとは思うが、まだ何とも言えない。どう顕現してくるか、どう開発されていくか、それは今後次第ということだろう。
自分から望むだけでは、異能の修行にはならないからだ。そのためには、斬り合いにならなくても、敵と対峙する必要がある。
しかし、そういう機会はそうそう転がっているものではない。向こうからやってくるのを待たねばならない。
残念なことに、その“向こう”がどこにあるのかは、予知できない。それでこうして、あちらこちらの土地を歩いている。
カラスの鳴き声が、多くなった。
(あれは大丈夫かな)
少しだけ、仙太郎は不安を覚えた。
「もうすぐです」
振り向いて、仙太郎は言った。もうすぐだからと、先を促したのだった。
「はい」
白い緊張した顔で、みねがうなずいた。みねと並んで歩いているきぬが、大きな目で仙太郎を見て、うなずいた。
渋い鼠色の着物を着た丸髷のみねも、淡い小豆色の着物を着た島田髷のきぬも、懐剣をいだいている。
二人のつややかな髪は、三日、四日後には、落とされているだろう。
(人生はわからないものだな)
自分の、そして後ろの二人の人生というものを思いながら、仙太郎は足を速めた。
埃っぽい道は、ゆるやかに左に曲がり始めた。この湾曲が直線になってじきのところに、杉木立に囲まれた鎮守の森がある。そこに、向かっていた。
村の集落に犬はいたが、人影を見なくなった辺りから、犬も見なくなった。隠したものは、傷つけられてはいないだろう。
道はまっすぐになった。右手向こうに鎮守の森が見えてきた。
案内していく仙太郎よりも、みねときぬの歩き方が速くなった感がある。二人よりさらに速く、仙太郎は歩いた。
鎮守の森に入った。カラスの鳴き声がうるさいぐらいだ。カラスは杉木立の上だけでなく、地面に下りているのもいる。
社の周りを歩いたが、人影はなかった。仙太郎は二人を裏手に案内して行き、縁の下に這い込んだ。
隠したものは、犬の被害も受けていないようだった。カラスも大丈夫のようだ。
真っ赤な着物で包んだような物を手に、仙太郎は縁の下から出た。着物は水色だったが、血に染まってこうなったのだ。
「お待たせしました」
仙太郎は、みねときぬの前で包みを開いていった。二人は固唾を呑んで見守っている。
包みを開いた。
「あっ」
「わっ」
二人が同じように目を剥き、叫び声を上げた。
「確かですね?」
仙太郎は念を押した。
剥き開いた目からぼろぼろと涙をこぼしながら、みねが強くうなずいた。きぬは唇を噛み締め、悪寒に震えるように震えている。
「それでは無念を晴らしてください」
「はい」
しっかりと答えて、みねは懐剣の紐をほどき始めた。唇を震わせながら、きぬも母にならった。
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