一条きらら 殺したいほど好き
目 次
第一章 熱い滴り
第二章 悶える肌
第三章 甘美な殺意
第四章 不倫の囁き
第五章 あなたの匂い
第六章 愛と殺意
第七章 最後の樹液
第八章 燃える肌
第九章 もっと抱き締めて
第十章 愛の終り
(C)Kirara Ichijo 1987
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第一章 熱い滴り
〈岸田麻矢のモノローグ〉
恋をすると、女は美しくなるというが、男もそうではないだろうか。
一年前より、彼はずっと美しくなった。男らしい輝きがその内面からにじみ出ているような感じだ。
それは、女から深く愛されている自信と、恋に酔う男の歓びやとまどいやさまざまな感情を体験したためではないだろうか。
三十八歳の彼を、そうして客観的に眺めることのできる私のこの気持ちは何なのだろう。まるで彼より、年上の女みたいに。
私は彼より九つ年下。あと数か月で三十歳である。
三十近い女の年齢が、男を客観的に眺める眼を備えさせたということだろうか。
それとも、恋には必ず終りが来る、というけれど、彼への愛がさめかかっているために、今では盲目ではなく、眼を開けて見つめている、ということだろうか。
見えて来たのは彼の男らしい輝きばかりではない。彼のエゴも、弱さも、冷たさも、狡さも、私はちゃんと眼を開けて見ている。
それでいて、今もなお彼に惹かれ続けているのだ。
半年以上、恋の続いたためしのないこの私が。
一人の男だけでは満足できないはずのこの私が、心に住まわせているのは世界でただ一人、彼だけなのだ。
けれども、永遠の愛なんてあるだろうか。
私は、永遠という言葉が好きだ。
永遠に、彼を愛し続けたい。永遠に、彼の腕に抱かれていたい。永遠に愛し合うことを誓いたい。
そのくせ、甘美な響きを持つこの永遠という言葉を、私はそう信じてはいないのだ。
永遠の心などというものは、ありはしないのだから。人の心はうつろいやすいものだから。
いつか、必ず終りが来るだろう。彼と私との愛に。それはふいに、おとずれるものかもしれない。あるいは五年後、十年後に。
そしてもしかしたら、客観的に彼を眺められるようになった今、彼との愛の日々が終りに近づきつつある、ということかもしれない。
けれども、彼との愛の終りを想像すると、身体中から力が抜けてしまうようなこころもとなさと虚脱感を覚える。
世界が闇になったような絶望感におちいる。
愛の永遠を信じていないくせに、愛の終りもまた、信じてはいない私。
私にとって、彼と過ごすひとときは、安らぎ、歓び、快い緊張、そして生そのもの。
あるいは男との闘い。自分自身の発見。死のように非現実の、甘美な歓び。
いつの日か、彼を、愛する代わりに憎む日が来るだろうか。
殺したいほど、彼を憎悪する日が――。
そして彼によって、苦しめられ、自分の生を、生き方を呪う日が。
家庭のある男を愛した女は、さまざまな苦悩を体験するはずだ。
彼の愛人にすぎない私は、愛人である通俗的な悩みを抱いたことは、あまりなかった。
彼を家庭から奪いたい、とか彼と一緒に暮らしたい、とか、望んだことは一度もなかったといっていい。
そう望まない自分の心が、自分でよくわからない。私は、醒めた女なのだろうか。
それとも、全く望まないわけではなく、無理にそう思い込もうとしているだけなのだろうか。
通俗的な、愛人関係は嫌。
通俗的な女の悩みは嫌。
それでは、通俗的でない高尚な恋愛をしているとでもいうのだろうか。そんなことはない。恋は、男女間の愛は、みな類型的なものばかり。
恋も、セックスも、類型的でないものはない。
過去に、私はいくつか恋をして来た。
彼も、いくつか恋をして来た。
大人の男と女である私たちの愛の関係は、いつ、どんな形で、終りの日が来るのだろう――。
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