一条きらら 離婚妻の夜
目 次
第一章 別離の予感
第二章 新たな出発
第三章 不意の口づけ
第四章 熱いほとばしり
第五章 逢えない夜
第六章 愛するひと
第七章 悶えながら
第八章 肉体の不安
第九章 女の歓び
第十章 裏切り
第十一章 愛の飽満
(C)Kirara Ichijo 1987
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第一章 別離の予感
一
矢代典子は、ベッドに横たわり、悦楽の後のけだるい陶酔感に包まれながら眼を閉じていた。
典子も、男も、全裸だった。室内は暖房がきいており、掛蒲団はベッドの裾に押しやられて半分床に落ちている。
男は微睡んでいたが、典子は眠っていなかった。
そこはラブホテルである。矢代典子はラブホテルでは眠れないたちだった。それは、どんなに肉体を男にゆだねきっても、心まで解放されていないせいかもしれなかった。矢代典子は人妻である。そして男は、夫ではなかった。
部屋の明かりは消してあり、ベッドライトが淡く、薄赤い灯を投げかけている。
その仄暗い灯のもとで、早川文彦は少年のようにあどけない寝顔を見せて、軽い寝息をたてていた。閉じた長い睫、筋の通った鼻、薄く開いた唇。額には乱れた髪がいく筋か、かかっている。少し前まで典子の肉体を激しく求めたと思えないような、無防備で、無邪気であどけない寝顔だった。
首筋や肩には青年の清潔感が漂い、身体中のどの筋肉もよく引き締まって、服を着ている時よりたくましい男のエネルギーを誇示しているように見える。
けれども、決してスポーツマンのようながっしりした体格というのではなかった。どちらかというと骨張った肩や腰は、まるで少年期から青年期に移る時の繊細な肉体の線さえ感じさせる。
先月、三十五歳の誕生日を迎えたばかりの早川文彦。この男に対する感情は一体何なのだろうと典子はふと思い、自分の心を覗いてみる。
矢代典子は二十九歳であった。家庭のある三十五の男と二十九歳の人妻。けれども、二人の関係が、大人の情事と呼ぶには、クールでさめきった何かに欠けているようだった。
といって、典子は早川文彦に激しい恋をしているのではなかった。
肉体の悦楽だけを求めて会っているのとも違った。人妻の不倫という背徳感が甘美で快いからでもなかった。
矢代典子は早川との出会いの時から、彼との関係に人妻らしい悩みを抱いたりしなかった。
その意味で、典子は世間の不倫妻たちと少し違うようだった。
もうすぐ三十になる矢代典子は、自分の心が、人妻である自分というものが、深い霧に包まれているようなおぼろで頼りない感じにしか見えていない時期にあった。
ふと、肌ざむさを覚え、典子は身体を起こすとベッドの裾に手を伸ばし、掛蒲団を引き寄せた。
典子の身動きの気配に、早川が眼を覚ましたらしく、かすかな声を発してこちらに身体を向けた。
彼の腕の中に典子は包み込まれる。
「少し眠ったのね」
「うん」
「今、何時かしら」
早川は首をもたげ、蒲団の中から片手を出してベッドの枕許においた腕時計を取り、仄暗い灯にかざして眺めた。
「十時半。そろそろ帰るかい?」
蒲団の中にふたたび入れた彼の手が、典子の乳房をまさぐった。欲望を覚えているわけではないのだ。彼は典子の乳房をそうして撫で回すのが好きだった。
典子の丸くて柔らかい乳房をそうして触っていると、性的な欲望とは別の、生理的な快さとでもいうような快感を、早川は味わっているようだった。
「もう、酔いはさめた?」
「うん、平気だろう、送って行くよ」
その部屋に入ったばかりの時、ビールを二本飲んだ。愛し合って、小休止の時、コーラで喉を潤した。車の運転をする時はいつもそうだった。
「何だか急に眠くなって来ちゃったわ。このまま眠れたらどんなにいいかしら」
早川の肩のくぼみに顔を埋めて、典子は呟いた。
「少しも眠らなかったのかい?」
「ええ、こういう処じゃ、私はだめ」
「神経質なんだな、いや、僕と違って疲れていないからだ」
典子は小さく笑って、
「本当ね、私は気楽な専業主婦。あなたは会社で一日仕事をして、夕方には会議まであったのに、夜はこうして私のお相手をして……」
「疲れてるところを、一度だけじゃすまなくて、二度目は無理矢理立たされて」
「ひどいわ、無理矢理立たせたなんて」
「冗談だよ。だけど、これから一時間以上も車の運転をして、家へ帰ったらぐったりだ」
「うんざりしてるの?」
「そうじゃないさ」
「そんなに疲れるなら、どうしてあたしに会うの?」
「うーん、そうだなあ」
典子の乳房に指をたわむれさせていた早川は、顔をずらすと乳首を口に含んだ。そして舌を触れさせたまま、
「このおっぱいが好きだからかな」
とおどけたような口調で言う。典子は思わず苦笑した。彼はまるで幼児のような吸い方をしていたが、舌を動かし始めた。舌先で乳首をなぞり、転がす。円を描くように乳暈を舐める。固くとがり出した乳首を吸い立てる。
「ねえ、そんなことしたら……」
またしたくなっちゃう、典子は呟いて、早川の頭を抱いた。彼の顔に乳房を強く押し付ける。
早川が典子をあお向かせ、首筋から耳の方へ唇を這わせた。彼の息が、耳に、熱い霧のようにかかる。典子はこみあげてくる欲情に身ぶるいし、全身を火照らせた。掛蒲団が熱くて邪魔になる。片手で押しやると、早川が大きくはねのけた。
眠った後の、回復した彼のものが典子の腹部に押し付けられていた。して、と典子は小声で呟いた。
「あれ、もうないよ」
典子の耳に唇をつけたまま早川が囁く。ホテルに備えつけてあるスキンの小袋は二つ。もう使ってしまった後である。スキンがないと囁く早川の声も欲望にふるえている。
「あたしの外に、して」
典子が言うと、失敗しないかな、と早川は呟きながら腰を持ち上げ、熱い昂まりきったものを典子の中に埋め込んだ。甘い吐息が典子の唇から洩れた。痺れるような快感が下半身から這いのぼって来る。
この快楽のために、早川文彦と会うのだろうか。そんな想いが一瞬かすめる。
早川はゆるやかに腰を動かしていた。彼の背中に回していた両腕を、典子は腰の方に伸ばした。熱い秘芯の襞の奥に、男のたくましいものが突き刺さる。突かれるごとに、快楽のうねりが押し寄せ、うねりは次第に大きくなって来る。
「好きよ、ああ……」
「僕もだ」
「もっと……ああ、もっと……」
早川の腰を掴んで、典子は激しく揺さぶられながら、エクスタシーの波に揺り上げられた。身体をふるわせる典子の上で、早川は耐えきれないように動いて果てた。
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