一条きらら アフター5のメス猫
目 次
誘惑のアペリティフ
濡れたルージュ
痴漢デート
本気の浮気
秘蜜の花園
甘いベーゼ
倒錯の夜
懲りない女
セクハラの構図
危険なカクテル
プロポーズの予感
(C)Kirara Ichijo
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誘惑のアペリティフ
1
ピンクのエプロンをはずしながら、香織はテーブルの上の料理を眺めた。
大きな皿に盛ったハンバーグステーキ。ベイクドポテトもブラウンソースも添えてある。それに野菜サラダ。漬け物。アサリの味噌汁。
(まあまあの出来だわ)
珍しく香織は料理を作ったのだ。今日は、青井真人の二十五歳の誕生日。ささやかなお祝いを、この部屋ですることになっている。
青井真人が、香織の部屋に来るのは初めてだった。いつもは外でデートするのだ。
井の頭線の久我山駅から歩いて五分のこのアパートは、鉄筋二階建てで、あまり新しい建て物ではない。青井真人とデートをすれば、必ず愛し合うことになる。壁の薄いこのアパートは不向きである。だから、いつもラブホテルで愛し合うのだった。
先週会った時、青井真人は、香織が誕生日のプレゼントに何がいいかしらと訊くと、
「香織の手料理がいいな」
と言ったのだ。何が食べたいかという質問に、彼は、
「ハンバーグ」
と答えた。香織はホッとした。料理教室に行っていないからフランス料理や和風料理はできないが、ハンバーグやカレーだったら作れる。
香織は、短大を卒業してOLになって三年目だが、週に一、二度は料理を作る。といっても、チャーハンやスパゲッティが多い。独身男が、恋人の手料理を食べたいというのは、将来の結婚のことを考えているのかもしれないと、香織は思う。
香織は二十三だが、まだ結楯するつもりはなかった。青井真人を未来の夫と考えたことはなかった。
青井真人とは半年前、女のグループで北海道旅行をした時、知り合ったのである。彼は出張で札幌に来ていたのだ。
東京に戻って、写真を渡すため彼に連絡し、それ以来、付き合うようになった。
(あたしの手料理を食べたいなんて……)
と香織はニヤリとした。最近は、女より男の方が、家庭願望があるらしいと、雑誌で読んだばかりである。
玄関のドアがノックされた。香織は壁の時計を見た。七時四十五分である。約束は八時だった。
ドアを開けると、ホワイトグレーのスーツを着た青井真人が立っていた。
「早かったのね」
「うん」
「さあ、どうぞ」
香織はスリッパをそろえた。
部屋は一LKである。青井真人は室内を眺め回した。
「このアパートの外見より、ずっときれいな部屋だね」
「そうお」
青井真人は何度もこのアパートまで香織を送ってくれたことがある。
香織は青井を椅子に坐らせ、冷蔵庫からビールを出した。ロングサイズの缶ビールである。
二つのグラスにビールを注いで、香織は、グラスを持ち上げる。
「お誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
「お口に合いますかしら」
箸を手にした青井に、香織は笑いながら言った。
「おいしそうだね」
「時間があったら、もっと上手に作れたんだけど」
「うん、おいしい」
ハンバーグの一片を口に運んだ青井が、満足そうに微笑した。
青井はそうお酒を飲む方ではないので、すぐにご飯を盛りつけた。
「お味噌汁はどう?」
「おいしい」
「本当?」
「うん、月並みな言い方だけど、香織はいい奥さんになりそうだな」
青井が、香織を真剣な眼で見つめた。
香織は、胸がドキドキした。プロポーズされるのではないかと思ったのだ。
けれども、青井は、結婚の言葉は口にしなかった。
すると、香織は、何となくもの足りなくなってしまう。自分は結婚の意志がなくても、何となく期待はしてしまうのだ。
「何だかこうしてると、あたし達、まるで新婚夫婦みたいね」
「ああ、そうだね」
「ねえ、真人さんはいくつぐらいで結婚する予定?」
「うーん、二十七、八、いや三十ぐらいかな」
ということは、青井はまだ結婚の意志はないことになる。青井が三十の時、香織は二十八である。とっくに適齢期は過ぎてしまう。青井は、香織を結婚の対象としていない、ということなのだろう。
そのことに香織は、安堵と同時に、もの足りなさを覚えた。
(あたしと同じ、現在が愉しければそれでいいっていうことなんだわ)
香織は気を取り直し、
「そうね、男性が一人前になるのは、それぐらいっていうものね」
「香織はどうなんだい?」
「えっ? あたし? わかんないわ。ねえ、もうこの話はおしまい」
香織はニッコリ微笑んだ。
胸の奥に一抹の寂しさ。
食事がすんで、二人はテレビでクイズ番組を見た。
ホテルではなくて部屋のテレビをこうして一緒に見ていると、香織は何だか、また〈家庭〉を錯覚してしまう。
「ねえ、お風呂、一緒に入る?」
青井の背中に抱きついて、香織は甘えるようにして言った。
「うん」
と青井は答えて、上体をひねり、香織の胸のふくらみを揉んだ。
「うふん、いやん、エッチ」
「エッチなことしたいんだろ」
「したい。真人さん、好き」
「僕もだよ」
二人は唇を合わせ、互いの身体をまさぐり、クスクス笑った。
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