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北原双治    絶頂寸前

目 次
濡れたえじき
陶酔の指先
重なる影
女のしたたり
二色のストロー
暴かれた情事
令嬢くずし
密室の輝き
熱い唇
愛欲のメロディ

(C)Soji Kitahara 1986

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   濡れたえじき

     1

 木曜日の午後だった。
 インスタントコーヒーを飲みながら、スーパーで買ってきた夕刊スポーツ紙を松井哲男は読んでいた。プロレス記事を売り物にしている新聞だったが、一面はヤクザの抗争記事になっている。
〈ちくしょう、こう毎日じゃあ嫌になるぜ。プロレスとヤクザの抗争を同一次元に見てやがる〉
 舌打ちしながら哲男はページをめくる。プロレスに熱烈な関心を持っている彼にすれば嘆かわしいことだった。プロレスを扱うことによって部数を伸ばした新聞が、読者の定着をみると、一面を飾っていたプロレスは二面に押しやられ、代わってプロ野球や芸能記事がトップ見出しになり、ここ数カ月はヤクザの抗争事件になっている。しかも、プロレス的にヤクザの抗争をあおっている。社会問題となっている抗争を、巧妙な書き方でせんどうしているのだ。
〈ヤクザだって、そんなに愚かじゃないだろう。プロレスファンを馬鹿にしているぜ。プロレスファンが我慢しているのを知らないな〉
 哲男が煙草に火をけようとしたとき、ジュウタンの上に置いてある電話が鳴った。
 ――もしもし……。
 ――ああ俺だ。今夜のプロレスは中止にしようぜ。
 ――えっ、ダメですよ。中谷さん、いったい、どうしたんですか。チケットは二枚用意してあるんですからね。
 ――悪いけどキャンセルできんかね。急に人妻が入り用だって頼まれたんだよ。
 ――ええっ、困るなあ。
 ――そうだろうな。仕方がない。今夜は俺一人で『ギャバン』へ行ってみるよ。そのかわり、プロレスが終わったら来いよな。ホテルのフロントに連絡しておくから、おまえのほうもうまくいったら、部屋ナンバーをフロントに頼んでおけよ。
 ――単独でやるんですか。中谷さんのほうはごたえあるんですか。
 ――まあな。やってみなければわからないが、需要に応えるのが俺たちの役目だからな。おまえの手も借りたいところだが、武道館とぶつかったんじゃ仕方がない。あきらめるか。
 ――そうですよ。今夜の試合は楽しみにしてたんですからね。だけど、残念だなあ。中谷さんにも見せたかったのに。
 ――明日テレビで見せてもらうよ。まあ、そういうわけだから、試合が終わったらホテルで落ち合おう。
 ――しかし、ひとりだとぼくのほうは自信ないですよ。今日は諦めて試合の観戦だけにしますよ。
 ――心配するな。いつもの要領でトライしてみろよ。期待してるぜ。
 ――はあ、仕方ないですね。なんとかやってみますよ。
 ――じゃあな、ガンバレよ。
 ガッカリしながら哲男は受話器を置く。その日は空模様もはっきりせず、嫌な予感がしていたのだ。
〈中谷さん、いやに自信たっぷりだな。それも単独で行くっていうんだから、なにかあるな。こっちも、なんとかしなくちゃあな〉
 煙草の火を灰皿に擦りつけて消すと、哲男は、出掛ける支度を始める。
 哲男は、なかたに真二と組んで、素人女をハントして遊んでいた。ただ遊ぶだけが目的ではなく、ハントした女をホテトル嬢に仕立てるということをしていた。いわば、モデルのスカウトみたいなものだ。
 哲男はまだ学生だったが、プロレスの試合場で中谷と知り合い、プロレス談義をしているうちに親しくなり、いつのまにか彼の仕事を手伝うようになっていた。
 中谷について、詳しいことは哲男も知らなかった。年齢は三十代後半で、にも所属せず、フリーの立場でスカウターをしているということだけだ。ほかに本業があるようにもおもえたが、哲男はせんさくしなかった。
 スカウター助手としての役目を果たすと、中谷から謝礼金を貰えた。そのときどきで額は異なってたが、ほかのバイトをするよりはいい額だった。
 ハント場所はスナックとプロレス会場だった。妙な取り合わせだが、人妻専門の中谷はスナックで、プロレスファンの哲男はプロレスの試合場で、ヤングギャルをキャッチする。
 互いの連係プレーで効果をあげていた。九割近くの成功率をあげていたのも中谷と組んでいたからで、単独ではこうもいかなかっただろう。
 五時を過ぎて哲男はアパートを出た。武道館までは三十分ほどで行けた。早めに行って、中谷のために用意していたチケットを売りさばくつもりだった。

     2

 地下鉄の改札口を出ると、もう人波は、武道館に向かって続いていた。フルハウスは間違いないだろう。哲男は安心した。
 中谷の分のチケットを入口近くの石畳の上でかざし、通りかかった工員ふうの男に売りつけようとしたとき、背後から声をかけられた。
「わたしに売ってくれない」
 女だった。
「アリーナ席だよ」
「かまわないわ」
 二十四、五歳のOLふうの女は、バッグからサイフを取り出す。
〈グルーピーではないな。どうせ並んで見ることになるんだから、サービスしておくか〉
「半額でいいよ」
「えっ、ほんとうに」
「うん、一緒に見る予定だったやつから代金はもらってるからね。それに美人だから負けとくよ」
「うそーっ、うれしいわ」
「はいっ、おつり」
「どうもありがとう」
 女のコが礼をいうのに背をむけて、哲男は入口に向かう。
 売店でプログラムを買い、場内に入る。六割の入りになっている。試合開始までは満杯になるはずだ。
 グルーピーらしき女のコを物色する。中谷と来たときは、指示通りに行動すればよかったが、単独なので、いつもと異なった緊張感が哲男を包む。
 
 
 
 
〜〜『絶頂寸前』(北原双治)〜〜
 
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