官能小説販売サイト 北原双治 『夫婦交歓の部屋』
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北原双治    夫婦交歓の部屋

目 次
プロローグ
第一章 隣室の喘ぎ
第二章 禁断のアクメ
第三章 視姦蜜戯
第四章 乱交スクランブル
第五章 陶酔の館
第六章 女這い
第七章 悦楽の構図
第八章 聖女のしずく
エピローグ
あとがき

(C)Soji Kitahara

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   プロローグ

 映画館の外に出ると雨が降っていたので、松井と葉子は近くのスナックに入った。
 テーブルが四個、壁に沿った椅子に合わせて並べてあり、反対側はカウンターになっていて、四〜五名の年配の男たちがスツールに腰掛けていた。
 彼らは大声で話し合っていたが、カウンターの中にいた女性が「いらっしゃいませ」と奥から叫んだので、一斉に二人の方を振り向いた。
 松井は場違いな所へ入ってしまったと、おもった。初めての店だった。
 壁際の席に、葉子と並んで座った。
 暫く待たされたあと、カウンターにいたこのスナックのママらしい女性が、オーダーを取りに来た。
「ビールを飲もうか」と、葉子に訊くと「いらないわ」と言った。松井はもう一度念を押すように訊いたが、葉子は首を横に振った。
 二人ともジンフィズを頼んだ。
 松井はたったいま観てきた映画の余韻に、葉子が浸っているのだと思った。
 外国映画で、次々と浮気を重ねる夫に業を煮やしたヒロインが悩み抜いた末、彼女も行きずりの男に身を任せるというストーリーだった。
 全く素性の分からない男に抱かれながらも、彼女の体は反応し深い悦びを味わう。そして、愛が無くともセックスができ、快感を得ることを知る。
 だが、彼女は浮気に走ることなく、これまで以上に夫を深く愛していくといった内容の映画だった。
 映画を観終わって、松井は苦いものを感じた。自分たちのケースに似ていたからだ。しかも、その映画を観ようと言い出したのは、妻の葉子だった。考えるところがあったのだろう。松井に警告を発したかったのかも知れない。彼女が感慨に耽る気持ちも、理解できた。
 店はどこにでもあるカラオケスナックらしく、男たちの一人がマイクを取り歌いだした。カウンターに残っていた男たちは振り返りながら、一斉にはやしたてた。
 葉子を意識しているようにも、おもえた。カウンターのママの他に女はいなかったから、当然関心は菓子に向けられて不思議ではなかった。
 ママがグラス二つとビールを一本、松井たちのテーブルに持ってきて、注ぎながら「遠慮なくどうぞ。あちらの先生からです」と言った。
 歌い終わるたびに、菓子も松井も拍手をしてあげたので親しみをもったのかも知れない。男たちは皆かなりの年配ばかりで、どうもこの店で知り合った馴染み同士のようだった。
 一番手前に座っていた男がやってきて「どうぞ、飲んでください」と、ビールを手にして言った。
 松井は戸惑いながら、葉子の顔を覗き込んだ。すると葉子はグラスを握り、男に差し出した。
 松井は怒りが込み上げてきたが、それを感じ取ったのか男は「煩くてごめんなさいね」と言ったので、我慢することにした。
 男は五十歳を越えているように思われた。
 やや細身で、メタルフレームの眼鏡をかけている。
「先生、ダメよ。若い人たちに無理強いしちゃあ」と、ママが笑いながら言うと、すぐ他の男が「また、はじまったなあ。先生のポルノ講義が。まじめに相手にしないほうが、いいよ」と叫んだ。
 松井が知っている限り、葉子がこんなに急ピッチで飲みだしたのは初めてだった。驚きながらも、松井も男の注ぐままに任せて、ビールを飲んだ。
 先生と言われた男は自分から「私大の教授をしているKです」と名乗った。松井と葉子も、それぞれ名前だけ自己紹介した。
「経済学を教えているけど、私の授業では眠る学生は一人もいないのだよ」と、嬉しそうに喋りだす。
 すぐ側のわずかなフロアで歌っている男へ、カウンターにいた頭が少し禿げあがった男がやって来て、曲に合わせてチークタンスを踊りだした。ふたりは互いの前をスラックスの上から、手で触れ合っては奇声をあげた。
 目の前で演じるので、葉子も松井も声をあげて笑った。酔いが回ってきたのか、Kという経済学の教授に対する警戒心もなくなっていた。
「もう年だから、若い人たちの姿を見ると嬉しくてね、いろいろお話したくなるんだよ」と、教授は頻りに言った。
 K教授の家は埼玉県の東松山にあるが、仕事の関係もあり、ほとんどこの近くのマンションに独りで生活をしているそうだが、奥さんが週に何回かは来て泊まり、世話をしてくれると言う。
「高校生の娘が二人いて、おばあちゃんもいるし手はかからなくなったのだけど、これがもう、わたしを相手にしてくれないんだよ」と、言って笑う。
「必死でニューミュージックなんか聴いたりするのだけど、あれいいだろう。ところが、もうニューミュージックなんか、古いって言うんだ」
 松井たちは次第に打ち解けていった。
 頃合を見計らったのか、突然K教授は話を変え、
「きみたちは何回くらいセックスをするのかな。週に」と言った。
「何回に見えますか」笑いながら松井が言うと、
「二人ともスタミナはありそうだね。でも、まだ真の悦びを知らないようだなぁ。どうかな、ことに葉子さんの方は。セックスというものは奥が深いものだからねえ、私だって三十年以上も追求してきて、そう追求だよ。だから、いまでは女の人の顔や体つきを見ただけで判るようになった。ほんとうだよ」「男も女も、相手によって随分変えられていくからねえ。人間形成もそうだけど、セックスにおいてはねえ、どうかなあ、私の言うことは当たっているだろう」笑いながら、自信たっぷりに言う。
 葉子を見ると、微笑みながらグラスを口に運んでいる。
「そうですね、さすがに先生、当たっていますよ。半分だけですけど」
 松井も葉子もテニスをやっているので、体力には自信があった。
 ともに新宿区の職員をしており、区のスポーツセンターで毎週のように練習をしている。
「セックスの奥深いところって、どんなところでなんですか」興味を覚えた松井が訊くと、
「若い人たちは数が多ければいいと思っているようだが、そうではないのだよ。人それぞれに、一番快感を得られていると自分では思い込んでいるものだが、まあ、それなりにいいのだろうけども、それで終わっちゃあ人生つまらない。そうではなく開発することによって、いくらでも増幅することができるんだよ。その点、葉子さんはまだ未開発の部分が多いねえ。こんな美人だから、松井さんは幸せだろうけどね」
「じゃあ、おれが悪い訳ですか。たしかに、そう言われれば、そうかもしれませんが、なら、どうすればいいんですか」松井は、ビールを一気にあおった。
「それは単に、ここで一口で言えるものではないよ。私が個人指導をやってあげれば、一週間もすれば、最高の女に出来上がってるんだけどね。これまでも、何人もの女性たちに指導してきて、喜ばれたよ。あなたたちみたいな若いカップルとか、新婚間もないカップルにも、ね。もちろん、これはお二人の了解があって、初めてできることだけど、松井さんはそんな勇気を持っていないでしょう」と、挑発するように言い、大声で笑う。
「いや、本当だよ。まじめに言ってるんだ。その気があれば、いつでもいらっしゃい。すぐその先の商店街があるでしょう。あそこのライオンズマンションに居るから。もちろん、安全だよ」
 二人の会話に影響されたのか、ビールのせいばかりではないようだった。葉子の顔は紅く染まっている。
「おい、どうする。先生はあんなことを言ってるけど、先生の特別個人指導講座でも、受けてみるかい」
 彼女の顔を覗き込みながら訊いたが、葉子は微笑しているだけだ。
「そうです、授業料はいりません。ボランティアですから。もちろん、身許は保証します。絶対に怪しい者じゃあ、ありません。調べていただいても、結構ですよ」
 胸を張って言う。
 葉子の瞳が輝いてくるのを見て、松井は狼狽した。夫に散々浮気をされた妻が、試しとばかり自分も他の男に抱かれてみるという映画を、観てきたばかりだ。
 それに、松井がオーダーしようとしたビールを断ったくせに、初めて出合ったK教授に勧められると、あっさりグラスを受けたのだ。それが何よりも、妻の葉子の決意の現れではないのかと、不安になってくる。
 その一方で、松井徹は〈なら、応じてやろうじゃあないか〉と、大胆な気持ちにもなっていた。
 
 
 
 
〜〜『夫婦交歓の部屋』(北原双治)〜〜
 
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