松本 孝 快感地獄
目 次
第一話 快感地獄
第二話 濡れた令嬢
第三話 OL美沙の侵入
第四話 好色な招待
第五話 金髪のエロス
第六話 壁ごしの官能
第七話 青畳の上の欲望
第八話 濡れた密室
(C)Takashi Matsumoto
◎ご注意
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、改竄、公衆送信すること、および有償無償にかかわらず、本データを第三者に譲渡することを禁じます。
個人利用の目的以外での複製等の違法行為、もしくは第三者へ譲渡をしますと著作権法、その他関連法によって処罰されます。
第一話 快感地獄
1
……冬の夜が、ふけていた。
新宿一丁目の、ネオン街だった。
倉沢直人は、バーやクラブの雑居ビルを出て、隣りの駐車場へ入っていった。
かなりの酔いの、自覚があった。
酔うと、女の肌が恋しくなる。
倉沢は、二十九歳。独身である。若い男として、当然の欲望だった。
愛蜜たっぷりの、甘い肉質を持つ女と、暖房のきいたラブ・ホテルにでもしけこんで、思いきり、濡れた女の秘所の果肉に挿しこみ、欲情を放出できれば、最高だ。
〈それがだめなら、ソープランドの女でも、かまわない。とにかく、女体のまろやかさに、触れたい……〉
という思いが、強くあった。
酔眼の裏に、女のたわわな乳房や、ふくよかにうねる白い恥丘を覆う黒いヘアなどの幻想が、浮かんでくる。
しかし、倉沢は自制していた。
独身のサラリーマン生活も、七年が過ぎている。多少の知恵は、身についていた。
酒に酔って、つい欲望に駆られ、ふところも淋しい一月の金曜日の深夜に、これ以上女体を求めてうろついても、
〈まず、ロクなことはない……〉
のが、シビアな現実であった。
にがい体験を、この七年いやというほど、倉沢は味わってきていた。
やらせると見せて、暴利をむさぼる、キャッチ・バーの女。
ホテルまで入ってドロンしてしまう、流しのストリート・ガール。
大都会の盛り場の深夜は、そうした怪しげな女どもの活躍する舞台なのだった。
ソープランドの女にしろ、一定以上酔っぱらった客に対しては、がいして冷たかった。
「ンもう。早く、出してよ。お酒臭い上に、長いんだからあ。キライ!」
にべもない言葉を吐く女が、多い。
シラけながらも、いぎたなく射精を果たして帰る心境は、なんとも寒ざむしいのだ。
〈帰る、帰る。それが一番だ。世の中、そうそう快楽的なうまい話なんか、ありはしないんだからな……〉
おのれにいいきかせながら、倉沢は、自分の「カローラ」のドアをあけた。
シートから、コートと、書類の入ったアタッシェケースを、とり出した。
自分で運転して、会社の独身寮に帰ることは、すでにあきらめていた。
寒風が、頬をなぶった。倉沢は、いそいでコートを着た。車を、ロックした。
そのときだった。
背後に、コツ、コツという靴音が近づいてくるのを、倉沢は聞いた。
女の靴音だった。ブーツだ。
同時に、倉沢の鼻孔は、甘やかで、しかも濃厚な香水の匂いを、感じていた。
倉沢は、ふり返った。
眼前に、女が立っていた。若い女だ。夜目にもハッとするような、美女だった。
女は、毛皮のコートを着ていた。
一見、茶色に見える、ロング・コートだった。が、その茶に、きれいな白い斑点が、混じっていた。リンクスらしかった。
〈ほう、豪華なもんだ……〉
とっさに、そう思った。
女の車を、見た。ピッカピカの、「ムスタング」の2ドアGLXが、ぬけぬけと停まっていた。ボディ・カラーは、渋いブルーだった。
「すごい車ですね。うらやましい」
思わず、女に向かって、倉沢は声をかけた。言葉が、ひょいと口をついて出ていた。
〈え、あら……?〉
という感じで、女はチラと彼を見返した。
やや切れ長の目だった。黒い瞳が、ちょっとかすむように、倉沢をみつめた。
潤みをたたえた、官能的な目だった。しかも、どこかミステリアスなムードがある。
視線を合わせた瞬間――。倉沢はその美しい目の奥に、自分の存在がスッと吸いこまれるかのような、一種妖しい感覚すら覚えた。
「そんなあ、うらやましいだなんて……」
女は、ふっと笑った。
ツンと、上向き加減の、かたちのいい鼻。小さめだが、上唇がまくれ気味の魅力的な唇が、倉沢の視界に、とびこんできた。
「いや、うらやましいですよ。新発売の『ムスタング』でしょう?」
「だったら……」
女は、一歩、倉沢に近づいた。
毛皮のコートの前を、彼女はとめていなかった。カラシ色の、ニットのワンピースに包まれた女の肢体が、のぞいた。
薄手の布地を突きあげて、双つの胸が、こんもりと膨らんでいる。くびれたウェストに、流行の金のベルトが、巻きついていた。見事な、プロポーションだった。
「いかが。乗ってごらんになる?」
女は、いった。わずかにかすれた感じの、ハスキーな、独特の声だった。
「え、その『ムスタング』に?」
倉沢は、訊き返した。女の肉感的な唇から洩れた言葉が、信じられなかったからだ。
「そう。よかったら、どうぞ」
「は、はあ……?」
「もっとも、飲んでるようだし。ハンドルは、あなたにまかせられないけど。その車は、置いておく気なんでしょ?」
「え、ええ。そのつもりでしたが……」
「なら、わたしが、送ってさしあげるわ。どうぞ、お乗りなさいな……」
「ほんとに……いいんですか?」
倉沢は、大声を出していた。
その彼へ、女はさらにニッコリ笑いかけ、うなずいた。上品でいながら、どこかしら好色なムードが漂うようだった。
女は、バッグをあけた。高価そうな、オーストリッチのバッグだ。車のキーをとり出し、さしこみ、ドアをあけた。
「さ、乗って……」
倉沢を見る目が、色っぽい。
スリリングな感覚が、彼を襲った。
ふらふらと、倉沢は、ムスタングの助手席に、乗りこんだ。現実感が、遠のいた。夢見るような気分だった。
女も、運転席に、乗ってきた。
彼女は、コートを脱いだ。無造作に、後部シートへ投げた。ぜいたくな毛皮なのに、まるめたティッシュでも捨てるみたいだった。
|