太田経子 『ぼく十七歳〜蒼のエロチカ〜』
太田経子 ぼく十七歳〜蒼のエロチカ〜
目 次
夢の中で
蒼いチャレンジ
夕映えの女
恋というもの
疑惑の淵
聖夜昇天
赤
あか
提
ぢょう
灯
ちん
の女
眩
まばゆ
いひと
白い胸
灼熱のめまいの中で
白銀の少女
破
は
綻
たん
への序曲
新たなる門出
(C)Kyoko Ota
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夢の中で
1
「教えて欲しい?」
そう、彼女がぼくの耳もとでささやいた。
ぼくは喉が乾いてヒリつくほど好奇心で一杯になりながら、ただコックリをし、表面じっとして、彼女が導いてくれるのを待っていた。彼女はそのぼくの手をとって、ふくよかな体の奥ふかくへさぐらせていった。ぼくは少しおじけづきながら、そろそろと指をすすめていった。するとその指先は、ふいに生ぬるくうるんだ部分に、驚きとともに吸いこまれて、アッ、とぼくは声を放った。同時にぼくの体の底から、突然ふきあげるように熱い快感があふれ出て、ぼくはハッと目ざめた。――またやっちまった、とぼくはそのことの不快さと、その後始末を考えて、げんなりしながら、まだ残っている、夢のうちでのぬくとい感覚を追って、うつろな疲労感のまま
暫
しばら
く放心していた。
夢のなかで、ぼくは女の人を感じていたのだった。女の人を感じたといっても、はっきりした感覚はない。
高い山々の根雪がキラキラと光る
谷
たに
間
あい
の
陽
ひ
溜
だま
りの草原に、ぼくは寝そべっていた。とても具合のいいスロープだった。
セガンティーニの風景画のように、首に大きな鈴をつけた山羊や、花畑にかこまれた白い壁の家などが見え、頭上には透明な輝きをもったコバルトブルーの空が果てしなくひろがっていた。その
眩
まぶ
しいきらめきは、目をとじていても瞼の裏でおどりはねるみたいだった。
ぼくはうつ伏せになると、毛足のつんだ、濃密なじゅうたんのような草はらに鼻づらを突っこんだ。黒っぽい土壌にもぐった草の根の匂いを胸一杯に吸いこみながら、両腕をできるだけひろげ、届くかぎりの草をつかんだり
撫
な
でまわしたりして、ぼくの体をおしつけた。
ぼくをとりまくすべてのものがあったかく、柔らかで、おだやかで、とても居心地がよかった。もっとちっちゃな時分、縁側の日なたに寝ころんで、小指ほどのぼく自身の肉棒をなんとなくひっぱったりしては、ひそかなたのしみにふけっていた、半ば眠りのような状態のあのときに似た感覚だった。
そのとき、ぼくの背後から誰かがぴったりと身を寄りそわせてきて、ぼくの首筋や片頬に生っぽい息吹がじかにふれてくる感じがした。ぼくは目をつぶったまま、ぼくだけが分かるわかり方で、「ああ、やっぱりきてくれたな」と思った。ぼくはこの人を待っていたのだ。
「好きよ、とっても。水々しくてきれいな肩をしているのね」
そう、その女の人は、肌のぬくもりを感じさせる深く柔らいだ低音でぼくに言った。するとぼくの目にも、自分の裸になってうつ伏している、褐色に日やけした首から肩にかけての滑らかな線が見えるような気がした。
ぼくは、彼女の顔をたしかめようとして、首をねじむけた。しかし、それより早く女のひとの両腕が、ぼくの頭をひきよせた。――そこには、
チ
ヽ
コ
ヽ
ば
ヽ
あ
ヽ
の笑顔があった。彼女はぼくのおふくろの妹で、つまりぼくの叔母さんだった。
「ああ、チコばあ!」とぼくは声をあげた。
チコばあがぼくの顔をひき入れた胸もとは、甘ずっぱくむせかえるようだった。
それにしても、なんでチコばあが、あんな形でぼくの夢のなかに出てきたんだろう、となんだかとても変な気がして、だんだん顔が
火
ほ
照
て
ってくるのを感じる。
小学生の頃から、ぼくは女の人の体にはボコッと穴ぼこがあって――、という風にぼんやり考えていた。でも中学に入った頃、クラスのやつから、「バッカだなァ! 女の穴ぼこったって、ただの穴じゃないぜ。ひだひだがあって、変ンてこりんな色してて、それでグルッとアレが生えててサ……」なんて
嘲
わ
笑
ら
われて、自信を失った。そして、あるとき、学校へ変な写真をもってきたのがいて、それを授業中回し見たんだけど、とても信じられないくらい、グロテスクで複雑な形してて、なんか恐ろしいみたいだった。
だから、どうしてもそれが現実の女の子と結びつかなくて困った。
「こんなの嘘だよ、まやかしサァ」ナンカ言いながら、頭の中では必死にその二つをくっつけようとあせっている。街で美しい人と出会っても、あんなにきれいな顔をしながら、彼女たちも本当にあんなものを一つずつ持ってるんだろうか、と考えこんじゃうんだ。でも、その結びつかないところが、かえって奇妙な刺激になって、ときには残酷な征服欲をあおった。だからぼくは、その頃から、一人でするとき、「××××」「××××」なんて、女のあの部分の名前をわざと口ばしりながらするようになった。
そんなことを考えていると、ぼくはまたおかしな気分になってきた。しかし体に手を伸ばしかけたぼくは、すでに下着を濡らしていた冷たくねっとりした感触を肌にまざまざと覚えさせられて、身ぶるいした。
ああ、あ、とぼくは溜息まじりに、いつものようにブリーフについたものを確かめてみた。
それを鼻のところへもってきて嗅いでみると、やっぱり、それは栗の花の匂いであった。きたながり屋のぼくは、その手をもてあましたまま、暗がりの中で、兄貴の寝ている隣の寝床の方をうかがった。
大学に入ってから少し伸ばしはじめた髪をみせて、兄貴の後頭部がこっちを向いていた。単純な低いいびきが聞えているのをたしかめると、ぼくは仕方なくひじで体をささえて、そろそろとベッドからはい出した。このままほっておくと、乾いてゴバゴバになってしまうからだ。
寝床の枕もとに整理だんすがあって、いつも洗濯した下着が入れてある。ぼくは、爪先だったまま、冷んやりした床の上を跳ねるようにして行くと、汚れたブリーフをまるめて下に落とし、新しいのをとり出した。暗がりのなかでちょっとすかして前後をたしかめてから、足を入れた。入れながら、だけどまた、なんだってチコばあが――、とまたしてもぼくは思った。
チコばあは、千恵子叔母さん、というのを言いやすく縮めたぼくらの呼び名だ。はじめはおふくろも、おやじも、そんな呼び方をするな、と小言を言ったが、今では、みんながチコばあといっている。
チコばあとおふくろは顔がよく似ているけれど、おふくろは、昔はママの方がずっときれいだったのよ、といつかぼくらに自慢したことがある。でもチコばあは新劇の女優だから、センスがいいし、頭の回転も早いので、ぼくは好きだ。それに、とてものびのびと自分の力で生きてる、って感じだ。チコばあの方も、ぼくを特にひいきにしてくれてることを、ぼくは内々承知していた。
「この子、こんなにきれいな顔をしてて、冷たいところがありそうだから、今に女の子泣かせになるんじゃないかしら」
と、チコばあは言った。
ぼくはそんな言葉も、ぼくの自尊心をくすぐるほめ言葉として聞いていた――。
だけど、あんな変な夢を見たことで、チコばあに対するぼくの態度が今まで通りにはいかなくなるような、不安な気がした。
〜〜『ぼく十七歳〜蒼のエロチカ〜』(太田経子)〜〜
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