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富島健夫    好色の時代

目 次
女の手
初体験
性愛の修行
夜の海
女の玩具
ゆるやかな夜

(C)Takeo Tomishima

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   女の手

 岡田次郎、初体験は大学一年の春である。白鳥荘というアパートの六畳の部屋に住んでいた。
 相手は、同じアパートのななめ向かいの部屋にもう二年も前から住んでいる独身OLの坂上奈津という二十四歳。
 ある夜、コンパがあり、次郎はすこし酔って十一時過ぎの電車に乗った。
 座席に腰かけている奈津を発見、目が合った。
 挨拶した。奈津は笑顔になった。
(この人はおれに好感を抱いてくれている)
 前から、それを感じていた人だ。次郎もまた、可愛い丸顔をした奈津に、うっすらと好感を抱いていた。
 あるとき、玄関の脱ぎ散らかしてあるサンダル類を奈津が揃えているのを見たことがある。
 こっちを見るとき、東京の多くの若い女たちは、ちょっと尊大で冷ややかな目つきになると次郎はつね日ごろ反撥をおぼえていたが、奈津の目にはそれがない。潤みを帯びてやさしいのである。あたたかみがあった。
 アパートには、何人かの女がいる。その女たちの部屋には、いろんな男が出入りしている。男は泊まって行くこともあるようだ。
 しかし、奈津の部屋に男が入ったり出たりしているのを、これまで次郎は見たことがない。品行良く生活しているという印象を持っていた。
 その奈津の腰かけている席の隣が空いていた。奈津の目に、そこに着くように勧める色が生じた。
 小さくうなずいて、次郎はそこに腰を下ろした。
「めずらしく、遅いお帰りですね?」
「会社の友だちの誕生祝いに招ばれて行ったの。あなたは?」
「クラスのコンパです」
「管理人のおばさんに聞いたんだけど、あなた、九州ですって?」
「はい、博多です」
「あたしは久留米なの」
 同郷人であった。胸がはずむのを、次郎は感じた。
「そうですか、それはなつかしいな。東京へはいつ?」
「短大に入るとき。卒業して向うに帰るはずだったのに、ここで就職しちゃったの」
 やがて、ふたりは電車を降りた。改札口を出て、まっすぐにアパートに向かう。しだいに、前後を歩く人がまばらになり、道は暗くなる。
 ふいに次郎が質問したのである。
「坂上さん、恋人はいるんですか?」
 以前からの疑問である。ぶしつけな質問とは承知しながら、たしかめておきたかったのだ。率直さは学生の特権である。
「今はいないの、今は自由」
 ためらう様子も見せずに、奈津はそう答えた。歩調も乱れなかった。
 答えたあと、今度は奈津が質問した。
「岡田さんは?」
 次郎は正直に答えた。
「ぼくも、今はいません」
「今はいない? じゃ、今まではいたというわけね?」
「そうです。ふられたてのほやほやなんです」
「ふられたて?」
「そう。三月にふられました」
「じゃ、向こうの人ね? つまり、高校時代の彼女ね?」
「そうです」
「どうしてふられたの?」
 次郎はすこし酔っている。だから、屈辱の過去をしゃべる気になった。
「からだを求めたんです。もう高校を卒業したからいいだろうと言って」
「まあ」
「その下心があって山へのハイキングに誘って、山の中で並んで弁当を食べたあと、キスをして、それから……」
「キスはしていたのね?」
「そうです。だからなんとかなると思っていたんだけど、失敗でした。彼女、走って山を降りて行きました。速達で絶交状が来て、おしまい」
「つまり、逃げられたわけね?」
「そうです」
「じゃ、あなた、暴力は使わなかったのね?」
「いや、すこしだけ強引に迫りました。もちろん、完全に暴力的にはなれません。心を無視して進んでもしかたがない。途中であきらめたんです」
「同級生?」
「いや、学校はちがいます。年は同じです」
「まじめな子だったのね?」
「そうです」
「まだ、好きでしょう?」
「そりゃ、未練はあります。しかし、もうあきらめています」
「そのとき、あなた、体験あった?」
「いや、未経験です。はずかしいけど、今もそうです」
「今も?」
「残念ながら」
 しばらくだまって歩き、やがて奈津は次郎の腕を取った。
「どうして体験しないの?」
「相手がいません」
「金で買えるでしょう?」
「そんなの、いやです」
 そこで今度は次郎が質問した。
「坂上さんは、別れた恋人とはどの程度だったんですか?」
「すべてを許し合っていたの」
「はあ」
 そのとき、ふたりはアパートの前に到達した。奈津は次郎の腕を引いた。
「あたしの部屋で、コーヒーでも呑む?」
 はじめて、次郎は五号室の坂上奈津の部屋に入った。はじめての女の部屋でもある。
 鏡台があった。人形があった。コケシがあった。壁には日本画が飾られてあり、カーテンは水色である。整然とした部屋であった。
 奈津はコーヒーを入れ、ピーナッツを皿に入れて出した。
 さっきは暗い道を並んで歩いていた。顔が合わないので、大胆なことが言えた。明るい部屋で向かい合って坐って、次郎はまぶしさをおぼえている。
 それでも勇気を出して、
「どうして別れたんですか?」
 と訊いた。
 返答が意外であった。
「あたしが悪いの。その人の友だちと浮気しちゃったの」
 それまでの奈津のイメージを吹っ飛ばすことばである。あごを引いて次郎を見る目に妖しいきらめきがあった。
 
 
 
 
〜〜『好色の時代』(富島健夫)〜〜
 
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