藤 まち子 感じすぎる女
目 次
第一話 母子妖乱
第二話 ナンバーワンの白い肌
第三話 不倫オフィス
第四話 夜のタンゴは秘密の香り
第五話 女子大生乱れ咲き
第六話 じゃらじゃら紙風船
第七話 浪花娘のラブゲーム
第八話 絶頂レズ夫人
第九話 義父との熱い関係
第十話 赤いバラとキス
(C)Machiko Fuji 1987
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第一話 母子妖乱
1
ミナミの宗右衛門町、お茶屋〃梅乃屋〃にも、仲居さん達が使用するロッカールームがある。
〃梅乃屋〃はかつては道頓堀沿いに並ぶ芝居小屋のための芝居茶屋だったが、今では有芸仲居を置いた料亭になっている。
通いの仲居は二十人ほどいて、なかには三味や踊りのできる女性もおり、六畳か四畳半ほどの個室で、料理を食べながら、ちょっとしたお座敷気分の遊びを楽しめるのだ。
玄関が男衆の手によって掃き清められ、道頓堀の川面に、ネオンが揺らぎ始める頃になると、ずらりとロッカーが並んだ〃梅乃屋〃の更衣室は、出勤した仲居達で満杯。肌もあらわな彼女達の女の香りでむせかえりそうだ。
彼女達のたいていは、ジーンズやワンピースの洋装で通勤して来て、ロッカーに吊るしてある店用の和服に着替えるのだ。
キャバレーのロッカールームと違う所は、床が木のフロアではなく、畳敷きになっていることだろうか。
「おネエさん、昨日はおおきに、いつも呼んでもらってすいません」
「蝶花ちゃん、ゆんべはありがとうね。サーさんには、いつも御馳走になって……」
口々に昨夜〃お花〃をつけてもらって、帰りに客と一緒に食事を奢られた仲居が、朋輩に礼をいっているところは、指名制ホステスの出勤風景と同じだ。
「あーン、足袋、持ってくるの忘れちゃった。誰か、持ってたら貸してェ!」
甘ったれ声で叫んでいる若い仲居もいるし、開店十五分になっているのに、肌襦袢と裾よけの姿のまま立て膝をして、悠々と長襦袢の衿をつけているおネエさんもいる。
「そうそう、お手々を横に上げて……この腰紐、自分で持ってごらん。あとの紐はゆるくしないと苦しくなるの。腰紐だけ、シャンと締めていれば大丈夫やからネ」
自分一人で着物を着たことがないという十九歳の新入り仲居に、店で用意した和服を着つけしているのは、この料亭の若女将、木本登希子だ。
仲居達を統制する仕事上、地味な結城紬に身を包んでいるが、ちらりと覗き見えた帯揚げは緋色で、耳朶や首筋の肌が、二十三歳の若さに、紅をすかせて白くぬめり輝いている。
「うち、足が痺れてしもうたら、どないしょう?」
現代っ娘の若菜は、登希子に、代々の新入りが締めて少々くたびれてしまった合繊の赤い名古屋帯を、お太鼓に結んでもらいながら訊ねる。
「お尻の下で、こう、親指を重ねて座ったら、痺れへんのよ。一度、稽古してみてごらん」
「若女将さん、これでええの?」
以前、喫茶店のウエイトレスをしていたという若菜は、着つけがおわると、素直に畳の上に正座してみせた。
「それで、時々お尻の下の親指を組み変えたら、ええのよ」
立ち上がった若菜は、足をさすりながら、
「ああ、痛あ……うち、家ではいつもイスの生活しやもン、やっぱり辛いわあ」
と若い登希子に、甘えたように訴える。
登希子は笑いながら、
「大丈夫、今に慣れるわ。ほら、あすこに、友禅の着物着た女人、いるでしょう?」
「あの、翡翠の帯留めした、キレイなおネエさん?」
「あの娘も、入りたての時は、お客さんの前に出るのが怖い、正座は苦手でつらい、いうてたんが、すぐに売れっ娘になって、今は大きなマンション借りて、踊りもミナミで五本の指に数えられるようになったんよ」
若菜も、売れっ娘になった時の自分の華やかな姿を想像したのか、
「頑張ります。よろしゅうに」
ペコリと頭をさげた。
「初めはちょっとつらいかもわからへんけど、お座敷に入ったら正座をくずさないように。お客様のお膳の上のものは、食べたらいけません。煙草は、ほんまは禁じてあるんやけど、吸いはる先輩達もいることやし、お客様が〃いいよ〃って許してくれはったら、吸ってもよろしい」
小さくうなずきながらきいていた若菜が、
「あの、大きい女将さんは?」
と訊ねた。
「お母ちゃんは、店がいそがしなる八時過ぎやないと、出勤して来ないのよ」
「そうですかァ」
「あ、ちょっと待って、二、三日若菜ちゃんの面倒見てもらう、京香さんを紹介するわ。やさしい、ええおネエさんやから、当分のうちは、一緒の座敷をついてまわって、なんでも教えてもらってね」
初めはお座敷の隅におとなしく座って、もっぱらお銚子や料理のお運びばかりで階段を上り降りしていた娘も、二、三カ月もすれば衣装も自前に替わり、小唄や都々逸の一つも口ずさんで、太鼓も叩けるようになる。
夕刻の五時半きっかりになると、磨きぬかれた玄関の広い板座敷に、ズラリと着飾った仲居達が並ぶ。
いよいよ店あけだ。
料亭の客足は、食事をだす関係上からか、クラブやキャバレーよりずっと早い。
たいてい、一つや二つは宴会が入っていて、次々と招待客が上がって行く。
「いらっしゃいませ。ようお越しくださいました。ヘェ、三住商事様の方でいらっしゃいますか――。紅蘭の間にご用意がしてあります。どうぞ、こちらに」
客を案内するのは、登希子の役目。
宴会の客ならば、広間に座らせ、小人数の個室の客には、指名の仲居の名前を訊き、なじみの客には、すぐにご贔屓の仲居をさしむける。
二十名ほどの女性達を、どの座敷にどうさばいて、客達に満足してもらうか、心をくだくことが、若女将、登希子の店あけからの仕事といえた。
予約や、客達からの電話はひっきりなしに入る。
どの座敷にも必ず顔をだして挨拶をして、席の状況をす早く見る。
「登希子さんは、若いのに、しっかりしてて、気いのキツイお人や」
「美人やけど、あんまり固うて、いっこも色気があらへん。お母さんの綾路はんは、あんなに、溢れるような色香があるお人やのに」
「処女っていうけど、ほんまやろか?」
時おり、仲居達は、登希子について、ヒソヒソとそんな噂をしている。
目のまわるようないそがしい時間帯には、気がとり紛れていても、ふっとエアポケットのように我に帰る瞬間が一夜のうちにはあって、そんな時、彼女の切れ長の瞳の相貌は、憂いを含んで、とても哀しそうな表情になるのだった。
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