北沢拓也 不倫回廊
目 次
別居妻の唇
絶頂パレット
淫 楽
花芯の吐息
淫蕩なる沼
欲情回線
失禁マヌカン
情欲を撃つ
二重密会
牝の季節
媚肉の招き
喘ぐ魔魚
秘唇の研究
乱倫曲線
密通遊戯
柔毛未亡人
悶絶フルコース
姉と妹
愛欲一期一会
(C)Takuya Kitazawa
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別居妻の唇
1
「今日はあなたが行きたいところへ行きましょう。どこか行きたいところある?」
待ち合わせの銀座のコーヒーハウスで冷たいものを飲んで汗がひいたところで、宮永は桂木亜紀にそう言った。
「行きたいところといっても……でもいいんですか、わたしの行きたいところで」
「いいですよ、どこかある?」
「行ってみたいところが、ひとつあるの?」
桂木亜紀は顔をあげ、頬にまといついた髪を、ほっそりと美しい指で軽くかきあげ、宮永を見て眼で笑ってみせる。
亜紀はロングヘアである。その黒く豊かな髪は片側だけ量が多く、曖昧に七三に分けながら、ワンピースの肩さきから胸許に流れるように落とし、あでやかさを強調している。
彼女が着ているワンピースは、かなり上等なものである。その白地に大きな黒い水玉が入ったワンピースは、スタイルのよい彼女によく似合っている。
ワンピースの腰まわりは、三十近い熟女にふさわしくむっちりと肉厚である。だが、胸のふくらみは薄い。そのアンバランスな容姿に宮永は妙に魅かれている。
桂木亜紀は、ごく最近、宮永が〈絵画教室〉の講師をしているカルチャー・スクールに入会してきた女性で、結婚はしているが、夫とは別居中である。
最初に一緒にめしを食ったとき、宮永は亜紀の口からそのことを聞いた。夫との間に子供がいないことも聞いている。
一緒にめしを食い、別れるときに、
「また一緒に食事したいが、いつがいい?」
宮永が誘うと、桂木亜紀は遠くを見るような眼で、
「じゃあ、今度教室がお休みのときにでも誘って下さい」
といい、この日は二度目のデートということになった。
宮永は性急なたちなので、亜紀と逢う前に日比谷にあるホテルに電話をし部屋を予約しておいた。
「まだどうなるかわからないんですがね、キャンセルするかもしれません」
電話に出た客室係の女性は、
「でしたら、そのときはキャンセルの電話を入れていただければ結構です」
といってくれた。
宮永は、ホテルに勝手に部屋をとったことをいつ亜紀に切り出そうかと考えていた。亜紀は怒り出すか、それとも頷くか、その奈辺はわからないが、駄目でもともとといった気持ちが宮永にはある。
「行ってみたいところってどこ?」
「有名な京都のお料理屋さんが銀座に支店を出しているの。そこへ一度行きたいと思っていたの」
だめですか、といった思い入れで、亜紀は宮永を見つめる。
亜紀はおでこが広くかなりチャーミングな顔立ちをしている。唇許にソバカスが一つ二つ散っている。その洗練された丸い顔はどちらかというとファニーフェイスといえるかもしれない。
彼女が行きたいと言った店は、有名な懐石料理店である。和食の店としてはおそらく超一流ではないかと宮永は思う。この料理屋の主人は料理評論家としても有名で、宮永は昔、彼が書いた味噌汁の作り方の本を読んだ記憶がある。
「一人二万円ぐらいかかるの。高いけどいいかしら?」
「いや、ぼくも一度そういう店で食事をしてみたいから、そこへ行ってみよう」
宮永は腰をあげた。
2
銀座の電通通りに面した懐石料理のその店はビルの地下にあった。
入口は格子戸を思わせるドアになっており、紺ののれんが渋く重々しい雰囲気をかもし出している。
玄関を入って左手が個室の座敷になっており、宮永は亜紀と座敷のほうへ上がった。
その座敷は五畳ほどの広さで、正面に床の間がある。出入口は障子の開閉になっているが、料理を運んでくる仲居さんも紺の和服姿で上品である。
客は宮永と亜紀だけで、普通は予約をしておかないととれない個室がとれたのは、土曜の五時すぎという時間もあるのかもしれない。
「ちょっと金額が張るが、ここはいいところだよ」
「一度来てみたかったの」
宮永と亜紀はビールを飲みながら、そんなことを喋り合った。
だが、二人で四万を超える金額の夕食は、もはや夕食という領域を超えている。
宮永は、これは夕食ではなくて、亜紀をものにするための前戯である、と考えることにした。そう考えなくては、この夕食はあまりにも高すぎる。
料理は懐石のフルコースで、かぶらの料理やハモの照り焼きなどはさすがに旨い。最後に抹茶が出るところも洒落ている。
「実は日比谷のホテルに部屋をとってあるんだけどね……」
「えっ」
亜紀は両手で抹茶茶碗を押し包むようにしてお茶をのんでいたが、驚いたように顔をあげ、まじまじと宮永を見つめた。
「そんな小娘みたいに驚くこともないだろう……」
「だって、いきなりいわれても……会う前に宮永先生、そんなことおっしゃらなかったわ」
「いやだったら部屋はキャンセルしてもいいけれど……嫌かい?」
宮永は身を乗り出す。
亜紀は黙ってしまった。固く結んだ唇許にはにかみが漂っている。
「きみが行きたいというところにこうしてやってきた。今度はぼくが行きたいところへつき合ってよ」
「宮永先生、わりとせっかちなんですね」
桂木亜紀は、宮永をにらむ。
宮永は無性に肚が立ってきた。なぜこのときそんなに肚が立ったのかよくわからないのだが、高い夕食を奢らされてそのままサヨウナラではあまりにも理不尽ではないか、といった気分である。
宮永は吝嗇な男であるが、女性に費やす金は惜しいとは思わないほうだ。だが、金を使って相手にはぐらかされると、頭にくる。
男と女の仲はギブアンドテイクであると、宮永は考えている。男は好きな女のために金を使い、女は好きな男のために肉体を与える。このバランスがあって、男と女の間は成り立っている。女も、相手の男が嫌いなら、初めから金を使わさなければいい、男とのデートの場に臨まなければいいのだ。
宮永は立ちあがり、テーブルをまわって、亜紀のとなりにかがみこみ、いきなり亜紀を抱き寄せた。
「いやあ、先生」
亜紀は大きな声をあげるのは大人気ないと考えたのか、低い声で拒み、宮永に腰を抱かれるまま、上体だけ壁のほうに振った。
宮永は、亜紀の腰をさらに抱き寄せ、一方の手で逃げる彼女の肩さきをつかみ、自分のほうに力一杯引き寄せた。
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