北沢拓也 牝獣狩り
目 次
第一章 淫獣の罠
第二章 欲望分水嶺
第三章 牝犬撃ち
第四章 影の密猟者
第五章 女陰を這う
第六章 女肉の秘命
第七章 闇を裂く鍵
第八章 海鳴りは悦楽の匂い
第九章 血と愛欲の葬送
あとがき
(C)Takuya Kitazawa
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第一章 淫獣の罠
1
午後、あらためて坂田から電話があった。
伊坂は、原陽子が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、自分のデスクで坂田からの電話を待っていた。
この日、事務所に顔を出すと、秘書の原陽子が、
「午前中にお電話が二つありました。ひとつは、大西重工の河合さんが連絡をほしいということです。もうひとつは、西浦電工の坂田さんから電話がありました。坂田さんは一時間ほどしてまたかけて下さるそうです」
と告げてきた。
「そう」
伊坂はふっくらした陽子の顔を眺めながら、そっけなくいい、朝刊紙の綴じこみに目を通しはじめる。
事務所にやってくると、伊坂はなにをさておいても新聞の綴じこみにまず目を通す。
彼の一日の仕事は、このファイルされた全国の朝刊紙に眼を通すことからスタートする。
伊坂の本業は経営コンサルタントである。伊坂征一郎の名で、経営論に関する本もこれまで数冊出している。
頼まれて講演もするし、企業の人事や経営法の相談に乗ったりもする。
彼がいま借りている銀座の事務所は、坪数にすれば、十坪ほどの大きさである。部屋の中央を仕切り、奥のほうに彼のデスクと、来客用の応接セット、入り口に近いほうの空間に秘書の原陽子の机と、二人の編集者の机が据えられてある。
須賀と大月の二人の青年に伊坂は『経営ニュース』なる業界誌を発行させている。各企業の経営者の紹介やら、彼らのサクセスストーリーといったものが主な内容で、広告も須賀と大月が各社の広報部にかけあってとってくる。
広告が入るので、利潤もかなりあるが、伊坂にとっては雑誌の発行は、彼の裏の顔の隠れ蓑のようなものだ。
いや、この経営コンサルタントの事務所の存在にしてからが、裏の仕事の隠れ蓑である。
隠れ蓑である以上、不必要な人間を事務所におくこともなかった。秘書の原陽子や須賀と大月の二人は表の仕事の運営上必要だが、この三人のほかに事務所に人間を増やすつもりは、伊坂にはまったくない。
経理は、外の専門の税理士にまかせてある。
「ほかになにかご用事はございますか?」
朝刊の綴じこみを繰っている伊坂に、陽子は用件を訊く。
陽子は今年二十三になるが、事務所で伊坂と接するときは、きわめて他人行儀な態度をとる。
須賀や大月の目を考えてのことだが、伊坂にしても、陽子が公の場ではとり澄ました態度をとってくれるほうがありがたい。
(今夜あたり、ベッドの中でいじめてやるか……)
伊坂は陽子のおだやかな顔立ちを見ながらそう考えたが、口には出さなかった。
「茶をくれないか。そうだな、少し眠いからコーヒーをくれ」
「かしこまりました」
陽子は踵を返して戻ってゆく。
茶のタイトスカートに包まれた引き締まった尻の線が悩ましい。
その丸く張ったヒップラインを眼で追いながら、伊坂は、
「原君」
と声をかけ直した。
「はい?」
「ちょっと」
陽子はまた伊坂のデスクの前に戻ってきた。
「なにか?」
伊坂は須賀と大月の二人には聞かれぬように、声をひくめた。
「今日の夜はどうしている?」
「部屋にいます」
陽子も声をひくめる。
「じゃあ、今夜寄るよ」
「わかりました」
陽子は大きな眼に笑いを含ませてうなずき、伊坂のデスクから離れていった。
伊坂は、陽子が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、坂田の電話を待った。
坂田は、伊坂が西浦電工に送りこんでいる大西重工側のスパイである。いま西浦電工本社の営業部に席をおいている。
西浦電工は、大手の家電メーカーだが、ひそかに兵器を製造しているという噂もある。
それも銃器の類いではなく、非常に高性能のレーダーをとりつけた中距離地対空ミサイルを開発中だと、坂田は伊坂に語ったことがある。
伊坂は、
「西浦電工の技術開発部あたりでおかしな動きがあれば、ただちに連絡してほしい」
と、坂田に伝えてあった。
坂田から電話が入ったのは、伊坂が、陽子が淹れてくれたコーヒーを、ちょうど飲みおえたときであった。
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