中村嘉子    やわらかい疼き 
 
目 次 
第一話 ラブレター 
第二話 甘い誘惑 
第三話 刺激が欲しい 
第四話 危ない放課後 
第五話 恐い蜜 
第六話 セカンド・バージン 
第七話 閉じて、ひらく 
第八話 夏に燃える女高生 
第九話 おツボネさま 
第十話 夢の中身 
 
(C)Yoshiko Nakamura 
 
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   第一話 ラブレター 
 
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 買い物から帰って来た加代子は、マンションに入ると、玄関脇のメールボックスを開けた。 
 ダイレクトメールや夫あてのハガキに混じって、珍しく自分あての封書が一通あったので、なんとなく嬉しくなった。 
 子どものころ、熱心に文通をしていたことがあり、今でも友人には電話よりも手紙を出す〃郵便好き〃である。 
 だから、たまに自分あての郵便、それも封書が来ると、楽しくなる。 
 学生時代、あるいは独身のころには、けっこう、いろいろな手紙が来たのだが、主婦になって三年経つ今は、めったにそういうものを受け取ることがない。 
 それだけになおさら嬉しい。 
 郵便物の束を持って、加代子は、大急ぎで部屋に戻った。 
 少しでもはやく、自分あての久々の封書を開けてみたい。 
 ボックスから取り出したとき、封筒の裏を返して差し出し人を見たのだが、住所も名前もなく、ただ『M』とだけ書いてあった。 
 そのことが、よけいに興味をそそる。 
 ダイレクトメールとか、そういったものではなさそうだ。知人からの手紙であることは、封書の感じで、なんとなく判る。 
〈Mだと、牧子かしら? 彼女、字を書くの面倒くさがるほうだから……。それとも、前田さんかな? 室井さんの可能性もあるし……〉 
 などと考えながら、キッチンのダイニングテーブルの上に郵便の束を置き、自分あての封筒を取り上げた。 
 そして、もう一度ゆっくりと、封筒を見る。 
 裏は、やはり『M』の一字だ。ボールペンで、やけに小さく書かれている。 
 表を見る。 
『石田かよこ様』とある。 
 加代子をひらがなにしてあるところを見ると、女性からかも知れない。 
 が、文字の感じは力強く、男性のようでもある。 
 読めば判る――と、加代子は、手ばやく封を切った。 
 中の便箋を取り出して、広げる。 
 白い便箋が、二枚。 
 それも、文字の書いてあるのは一枚だけで、二枚目は白紙だ。 
 短い手紙……と思いながら、加代子は読みはじめた。 
「先日はごめんなさい。僕のきみに対する想いは、少し前のめりになっていたのかも知れません。純粋なきみの心を、結果的に踏みにじってしまいました。でも、これだけは信じてください。僕は、肉体的な欲求からではなく、ハートで、激しくきみを求めています。心から、深く、きみのことを愛しています。……なに? これ……」 
 はじめの一、二行を呼んで、おかしいと思った。 
 が、とりあえず読み進んだ。 
 そして、はっきり判った。 
 これは自分あての手紙ではないということが……そして、これが男から女にあてたラブレターの一種であることが……。 
「間違って配達されたんだわ、これ……」 
 慌ててもう一度、封筒を見た。 
 表の住所を読んでみる。 
 二丁目なのに三丁目になっていて、マンションの名前も『パールハイツ』なのに『パールハウス』になっている。 
 やはり別の『石田かよこ』あての手紙なのだ。 
「やだわ……。開けちゃった。読んじゃった……」 
 後悔しても、あとの祭りだ。 
「配達の人が間違ったんだわ……。『ハイツ』と『ハウス』、まぎらわしいものね。名前も同じだし……。でも、ひらがなのかよこなんて、変だと思ったけど……」 
 破いてしまった封筒をまじまじと見て、溜め息を吐いた。 
「これ、どうしよう……」 
 と呟く。 
 まずいことをしてしまった。ダイレクトメールのようなものならとにかく、他人のラブレターを開けてしまったのだ。このままにはしておけない。 
 見ず知らずの男の〃恋心〃を、間違いとは言え、破いてしまったのだ。 
「処分しちゃうわけにはいかないものねぇ……。なんとか、三丁目の『石田かよこ』さんに届くようにしなくちゃ……」 
 方法をいくつか考えた。 
 まず、このまま直接届けて、開けてしまったことを謝る。だが、これは、相手にも気まずい思いをさせることになるだろう。自分あての恋文の中身を見られたのだから……。これはやめようと思った。 
 もう一つは、破ってしまった封筒を再生して郵便ポストに戻す方法。再生するといっても、ビリビリに破いてしまったので、この封筒は使えない。新しい封筒に、加代子が書いて投函するほかはない。こっちの方法のほうが、よさそうだ。 
 加代子はそこまで呟いて、そばの椅子にどっと腰を下ろした。 
 なんとなく、これでこの手紙の件が終わってしまったらつまらないような気がするのだ。 
 ラブレターの差し出し人の『M』のことが、そして、受け取り人の『石田かよこ』のことが、気になる。興味がある。 
「……でも、いけないことよね。他人のプライバシーだもの。ほっとかなきゃ……」 
 加代子は自分に言い聞かせた。 
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