岡江多紀 縁切り屋始末記
目 次
売られた女
虐待された女
レスボスの女
喰いついた女
しゃぶられた女
調教された女
からめ捕る女
むしられた女
もぎとった女
したたる女
縛られた女
たぶらかした女
(C)Taki Okae
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売られた女
1
東京都新宿区百人町、というより新大久保といったほうが判りやすいか。JR新大久保駅近くの通りを、ひとりの女が歩いている。ぴっちりと腰に貼りついた革のミニスカート、シルクのブラウスの上には、これも革のジャケットを袖を通さずに肩に引っかけている。黒いストッキングに包まれた足の先は八センチのハイヒール、おまけに夜だというのにサングラスをかけている。
「ハーイ、マサミ!」
街角の暗がりに立っていた浅黒い肌の女が声をかけてきた。
「あら、キム!」
雅美は足を止めて女を振り向いた。
「なんだ、あんたまだいたの? たしか先月フィリピンに帰るとか言ってなかったっけ?」
「うん、そのつもりだったんだけど」
キムと呼ばれた女は、まだ少女っぽさの残る顔に苦笑いを浮かべた。
「そりゃ、お金が必要なのは判るけどさあ。あんた、少しは自分の体のことも考えなきゃダメだよ」
雅美はつい説教じみた口調になる。
「怖い病気にかかって死んだりしたら、元も子もないでしょう?」
「モトモコモって?」
キムはそこそこ日本語をマスターしているが、ちょっとむずかしい表現になると、頭が混乱してしまうらしい。
「病気になったら困るでしょ、ってこと」
「ああ、はい」
「なら、いいかげんにこんな商売は辞めて、郷里に帰ったほうがいいよ」
「はい、判った」
キムは愛想のいい笑みを浮かべた。本当に判っているのかどうか……。フィリピン人のキムは、いわゆる不法労働者だ。まだ十八歳だというのに、郷里の家族を養うためにこの大久保の街路で〃立ちんぼ〃をしている。つまり街娼というわけ。
キム以外にも、このあたりにはたくさんの街娼がいる。大久保界隈といえばラブホテルのメッカだから、この手の商売には都合がいいのだ。客との交渉が成立したら、そのまま馴染みのホテルに直行するという段取りだ。
とくに最近ではガイジンの娼婦が目立つ。キムのようなアジア人だけでなく、白人女もけっこう見かける。経済大国ニッポンには、世界中からいろんな人間が押し寄せてくるらしい。
「やあ、ご機嫌はどうだい?」
今度は通りの向こうから歩いてきた男が、雅美に声をかけてきた。リーゼントヘアの、ちょっと見はヤサ男だが、服装の趣味はとても素人とは思えない。この界隈では〃エーちゃん〃という通称で通っているこの男、実は風俗店の店長のほかに、キムみたいな街娼の元締めもしている。
「なあ、まだその気になんないのかよう」
近づいてきたエーちゃんは、馴々しく雅美の肩に手を置いた。
「あんたなら、とびきりの高級ソープに紹介するぜ。月収二百万はかたいんだけどなあ」
「その気はないって言ってるでしょう? それよりエーちゃん、キムを早く帰してやりなよ。もうしっかりモトは取ったでしょ?」
「俺だってそうしてやりたいけどよう、キムの奴がもっと稼ぎたいって言うからよ」
「なに言ってんのよ。さんざんピンはねしといて、この強欲ジジイが!」
「ジジイって、そりゃないだろ。俺はこれでもギンギンの現役だぜ。なんなら今からでもお相手してやろうか」
「ふん、バーカ!」
男の腕を振り払うと、雅美はまたスタスタと歩きはじめる。しばらく行くと『越前屋商店』という古めかしい名前の、しみったれた店がある。ピーナッツや燻製なんかを売っているオツマミ屋だ。この店で二百グラム三百円のイカの燻製が、近所の暴力バーではウン十倍もの値段で売られることになる。
その『越前屋商店』の店の横に、二階に上がる階段があって、階段の脇には『グッバイ企画』という、わけの判らない看板がかかっている。雅美は迷わず階段をのぼっていった。
一階のオツマミ屋に負けず劣らず、二階の事務所もしみったれている。和室にすると十五畳くらいの部屋に、デスクがふたつと電話が二台。それに色の褪せた来客用のソファーセット。壁にはあちこち染みが浮き出ているし、床は凸凹、通りに面した窓のひとつは、枠が歪んでいるのか、この一年間、一度も開いたことがない。
「遅いじゃないか!」
雅美がオフィスに入っていくと同時に、ソファーに腰かけていた相棒の勇が言った。
「悪い悪い。北京亭でカタヤキソバを注文したら、三十分も待たされちゃってサ」
「こちらのお嬢さんが、さっきからお待ちかねなんだ」
勇の向かい側に座っていた若い女性が、立ち上がって軽い会釈をした。
「あら、待たせてごめんなさいね」
彼らの間に割り込むように腰をおろした雅美は、テーブルの上に置かれたカードに気がついた。
どうやら結婚披露宴の招待状のようだ。
「わっ、すごーい!」
さっそく手に取って、雅美ははしゃいだ声をあげる。
「プリンスホテルの『孔雀の間』なんて、一流ちゅうの一流じゃん!」
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