川口青樹 今夜もチャットでMにして
目 次
第一話 今夜もチャットでMにして
第二話 どうしたらプレイ相手が見つかるの
第三話 携帯電話調教
(C)Seiju Kawaguchi
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第一話
今夜もチャットでMにして
「さあ、今日からは再スタート」
成美はベッドから勢いよく起きて言った。成美は、二カ月前に会社を辞めた。突然の退職に結婚かと思われていたが、実はそうでなかった。そして今日からは友達から誘われた派遣会社の社員として新しい職場で働く事になっていた。
「じゃあ、頑張ってくるからね」
真新しいパソコンの角をまるでペットの様に軽く叩くと、軽い足取りで出掛けて行った。……それから、今夜はどんなプレイになるのだろう。そう思うだけでゾクゾクしてしまう歓喜に耐えながら……。
三カ月前の事だった。成美は久々に学生時代からの親友の美樹に会っていた。美樹は、あまり物事を深く考えるタイプではなく、いつも変わり身が早かった。そしてせっかく就職した会社を、僅か半年で辞めて成美を驚かせた。
「ちょっと、美樹。あんた、これからどうするの」
学生時代と変らぬ声で、心配そうに成美は聞いた。
「大丈夫。実はね、もう先が決まっているの」
「えっ、もう。ねえ、それはどういう会社なの」
「今度行く会社は、確か建材を扱っているんだって」
「へえー、でも、どうしてそこなの」
「別に、だってそこも三カ月間だから」
「ええっ、なによ、それ」
「あら、派遣って知らないの」
「ああ、聞いた事があるけど、……ひょっとしてそれなの」
「そう」
「でもどうして、そんなふうになっちゃったの」
「別に、深い意味はないわ。でもね、まだまだやりたい事がたくさんあるでしょ。それには好都合なのよ」
「ふーん」
成美にとっては、考えられない事だった。
「ねえー、どうやったら自分の自由な時間が持てて、好きな事が出来ると思う」
改めてそう言われると、成美には答えが無かった。勿論、今の生活の延長は容易に想像が出来る。
(お給料を貰って、社内付合いをして、もしいい人がいれば結婚退職かな)
「貴女、もうやりたい事はないの。せっかくの人生よ。それを仕事第一で、愛社精神とか、有給を取るのに一々文句を言われるとか、まあ私には所詮無理な話だったけど」
実は成美にも、それこそ美樹にも言えないけど、してみたい事があったのだが。
「私はね、これでお金を貯めたら、しばらくはヨーロッパを一周するの」
美樹は旅行が趣味だった。それも女性の一人旅なのだ。格安航空券を手に入れたとの話があったと思ったら、突然、
『今、ニューヨークよ』
と電話が入ったり、そうかと思うと、
〈インドの夕日は綺麗〉
なんていう絵葉書が送られて来たりして、しばしば成美を驚かせたのだった。
「ねえ、あんたもそうしたら。もっと自由になろうよ」
「うん、でも……。なんかこわいな」
(貴女と違ってそう簡単にはいかないのよ)
『せっかくの人生よ、もっと自由に』
美樹のこの言葉は、いつまでも成美の頭から離れなかった。しかし成美がしたい事は、あまりに人には言えない事だった。
(どうしようかな)
それからしばらくして、成美はパソコンの研修を受けた。正直いって機械は苦手だったが、今の仕事では、これを覚えなくてはどうしょうもなかった。そして、研修が進むにつれて成美は意外な発見をした。
(パソコンってこんなふうに使えるのね。知らなかったわ)
研修の休憩時間に他のメンバーはパソコンゲームに興じていたが、成美はひたすら、インターネットのホームページを見ていた。そこで様々な情報を得るに従って、やがて成美には一つの決心が出来ていた。そして決心をすると行動として現れた。まず美樹に電話する。
「ああ、美樹、私。あのさー、美樹の派遣会社って、私なんか採用してもらえるの」
「そう、決心したのね。……うん、私じゃあ、わからないから上の人に聞いてみる。でも急にどうしたの」
「ううん、それは後で話すわ。じゃあ、お願いね」
今の企業は大手と言えどもアウトソーシングと称して、人手の調整をしていた。不景気とは言え、逆にこの需要が多かったのが成美に幸いした。次はパソコンの購入である。僅かな蓄えは、比較的ハイクラスなパソコンのセットの購入で殆どが消えてしまった。しかし成美には、服や装飾品を買う時と違って、全然迷いが無かった。むしろ、自分の決めた道を進んでいる思う事の方が強かった。
こうして準備が整うと、或る日、退職願を提出した。勿論、僅か一年での退職願に上司は驚いたが、昨今ではさして珍しい事ではなく、それに一身上としか、成美が理由を言わないので、たいして引き止めもせずにそれは受理された。
(ふー、やっとここまで来たわ)
成美は、それまでと違った開放感に浸っていた。
派遣の仕事が実際に始まるまで、後数週間あった。勿論その間、派遣会社に数回行かなくてはならないのだが、それ以外は自由だ。成美には、美樹のような素早い変わり身が出来ないが、逆に一つの事に対する集中力が有った。そしてマニュアルや資料による勉強、電話を利用しての問い合わせ等により、それこそ速習でパソコンの基礎知識レベルのアップと、インターネット、メールなどの扱いに習熟していった。
(いよいよね)
こうして成美は、検索項目にこう打ち込んだのだった。
『SM』
これこそ、成美が今までひた隠しにしていた事だった。あの有名な『O嬢の物語』を映画で見て以来、SMへの興味は尽きる事が無かった。しかし、あまりにも縁の薄かった世界だけに、それをどう自分のものにすれば良いのか見当がつかなかった。たまに女性誌で扱っている事もあったが、それは成美が求めているものとは程遠かった。『O嬢の物語』の原作を買い、ビデオをやっと手に入れたが、鬱々とした気分は募るばかりだった。
そこへ現れたのが、このパソコンを使っての世界だった。これなら自分の知りたい事が、誰にも気兼ねせずに分かるのではという期待だった。しかし、回線料金と、それと気分のありかたで、どうしても夜中から明け方にかけて使用する事が多くなりそうだった。特に朝の当番など、普通の会社勤めでの翌朝の出勤の事を考えると、どうにも辛いものがあった。その時、成美は美樹のあの言葉が浮かんでいたのだった。成美は派遣会社の担当者に合うと、冒頭始業が遅くスタート出来る仕事を願った。
「あの、私、低血圧で朝がダメなんです」
理由はそういう事にしていた。そして簿記の資格、パソコンへの知識など伝えると、出版社、デパートの遅番といった、いくつかの条件に合った仕事があった。
(ふー、こんなにあるのね)
『SM』の検索の結果を見ると、それは数え切れないくらいヒットをしていた。そこで、まずは端から見ていく事にした。
(えーっと、これはと)
それは某SMクラブの紹介ページだった。
(男の人はいいわね。こういう所へ行けばいいのだもの。えっ、顔まで出しているの)
クラブの紹介を追っていくと、実際のプレイをするS女性、M女性の顔写真まで掲載されていた。
(うーん、顔が見られるのは困るわね。……うん、これは変わっているわね)
その派手なタイトルのホームページには、SMプレイ実演の日程や参加費が示されていた。
(二時間で、男性は三万円、女性は無料か。こわいなー)
次はビデオや雑誌、それにバイブなどの通信販売のページだ。
(買ってみたいのは、やまやまだけど、こっちの住所も知られるし、これも無理ね)
つまり、成美は自分の事を知られずに、SMの世界を覗いて見たいのである。
(ふー、そうは簡単じゃないんだ)
そして、出来れば経験者から話を聞いてみたいのである。そういう意味では当て所も無くネットサーフィンをしていても、情報は増えるが、次のステップには進めないのである。やがてその事に気付いた成美は、もう少し積極的に参加してみる事にした。いわゆる伝言板への記載である。
(ここに自分の興味を書けば、誰かが答えてくれるにちがいないわ)
『SMの未経験者です。実際のプレイの事を教えて下さる方、お返事下さい。
テディ』
といった期待をこめて――。
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