官能小説販売サイト 川口青樹 『ごくありふれた夫婦のSM生活』
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川口青樹    ごくありふれた夫婦のSM生活

目 次
第一話 ごくありふれた夫婦のSM生活
第二話 SMのご用は台所で

(C)Seiju Kawaguchi

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 第一話 ごくありふれた夫婦のSM生活

 磯貝は、某月刊誌の編集者だったが、実家が資産家のせいか、あまりあくせくしているところがなかった。むしろ悠々とその日を送っていると言っていい。同じ編集部にいた幸子は入社以来、磯貝のそのゆとりが頼もしく感じられ、好感を持っていた。女優の秋吉久美子を若くしたような顔立ちの幸子は、多くの男性から誘いの声を何度も掛けられたが、決して先輩・同僚以上の付き合いをすることは無かった。
 ある出版祝いのパーティで、編集長から接待役をおおせつかった幸子は、慣れない役回りに疲れを感じていた頃だった。
「木嶋さん、大丈夫かい」
 声に振り向くと、そこには磯貝が立っていた。
「ええ、大丈夫です」
「多分もう少しでお開きになるから」
「わかりました。どうもありがとうございます」
「うん、じゃあ」
 そこまで言うと磯貝はパーティの人ごみの中へ入っていった。
 やがて編集長が前に進み出た。
「どうも本日はありがとうございました。ふらついている足元に、充分お気をつけてお帰り下さい。では一本締めを。よーおっ、パン」
 この言葉を最後に、パチパチパチ………と拍手の鳴る中、招待客、関係者がぞろぞろとその大広間を後にした。
「木嶋君、ご苦労さん」
 当の編集長も幸子に一声掛けると、足早に招待客と出ていった。
「ふー」
 幸子は、思わず大きくためいきをついた。
「終ったねー、お疲れさん」
 胸を撫で下ろしている最中に、磯貝からねぎらいの言葉がかけられた。
「何か食べにいこうか」
「ええ、でも食べるよりも少し飲みたい気分です」
 磯貝は大きくうなずくと、クロークにいこうとそちらを指さした。

「私はどちらかと言えばロマンス物が多いですね。例えば『愛しのロクサーヌ』とか、『めぐり逢い』なんかが好きです」
 六本木のバーで、お互いの趣味が映画であることを知ると、その話ではずんでいた。
「僕は歴史的なスペクタクル物の方が良いね。だからチャールトン・ヘストンの大ファンさ」
 そんな話題は話せば尽きることが無かった。気がついたら、もう午前一時を回っていた。磯貝は紳士的に幸子をタクシーで送ってくれた。

 二人はこれがきっかけでデートを重ねていった。ところが、磯貝はせいぜい腕を組むことくらいで、手も握ろうとしなかった。これには幸子の方がいらついていた。
(誰か私の知らない恋人が、別にいるのかしら。それとも本当は私のことが嫌いなのかしら)
 疑心暗鬼に揺れ動く心を押え切れず、とうとうある日、幸子は口に出してしまった。
「あのー、立ち入ったことですけど、どうして磯貝さんは結婚されないのですか」
「そりゃあ相手がいないからだよ」
 幸子は、なんだか軽くかわされたような気分だった。
「それに、この歳だから今から子供を作って育てると正直大変だからね。でも、女性は子供が欲しいだろうし……」
「今、お幾つなんですか」
「三十六歳だよ。そう言えば、君もそろそろかな」
「いいえ、私こそまだまだと思います」
「逆に君は、なぜなんだい」
「うーん、やっぱり相手がいないのが一番でしょうね」
「じゃあ、同じだな」
 幸子は、彼の本心を聞き出すチャンスだと思った。
「あのー、私のことがお嫌いですか、又はどなたか別にお好きな人がいるのでは……」
「いいや、僕だって君のことが好きさ」
「じゃあ、なぜ」
「うーん、弱ったな」
 珍しく磯貝は考え込む姿勢になった。
「………よし、こうしよう。かなり驚かすことになるだろうけど、実際に見てもらった方が早いから」
「えっ、何のことですか」
「明日の夜はいているかい」
「ええ、大丈夫ですけど……」
「じゃあ、またここで待ち合わせをしよう」
 幸子には訳がわからなかったが、これで磯貝に対する謎が解けると思うと嬉しかった。

 幸子は少し早めに来て今夜のことを考えていた。少し胸がドキドキしている。
「やあ、待ったかい」
「いいえ」
「じゃあ、行こうか」
「えっ、どこへ」
「すぐ近くなんだが、あまり細かく話すと先入観にとらわれると思う。少し怪しげな雰囲気かもしれないが、僕を信じて、そうだな、まあ記事の取材くらいのつもりでね」
「はい、わかりました」
 そこは、待ち合わせのバーからそんなに離れていない建物だった。エレベーターは無くコツコツと中の階段を降りていく。
〈会員制 夢クラブ〉
 そう表札がついたドアのインターホンを押した。
「どちら様ですか」
「N〇四八二とビジターです」
「お待ち下さい」
 低くジーッ、カチッという音がすると、磯貝はドアを開けた。
「さあ、入るよ」
 やや不安げな幸子に声を掛けると、磯貝は幸子の手を曳いて中へ入っていった。中はそんなに明るくはないが、ドアを入ると長い廊下が続いていた。
「ようこそ」
 廊下の突き当りでは、黒い服に身を固めた男と、豊かな胸と腰を皮で被い、下を網タイツでピッチリ包んでいる女性が出迎えた。いずれも目にはマスクをしていた。磯貝は、胸ポケットからカードのような物を取り出して男に見せた。男が一礼すると、薄暗い足下を照らすようにして、タイツ姿のその女性が無言で奥へ誘った。
(一体これから何が始まるのかしら)
 幸子の疑問は深まるばかりだった。奥は更に広く、二人は小さなランプが照らすテーブルへ案内された。大きな柱と柱の間にあるような席で、他に多くの同じようなほのかな明りが見えていた。
「お飲み物は」
「ブランディとカクテルを頼むよ」
「かしこまりました」
 足早にその女性が闇の中へ消えていくと、幸子は磯貝の顔を見た。
「もう、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだい」
「これから何が始まるのですか」
「うん、実はこれからあるショーが始まるんだが、その男性役が僕のもう一つの姿なんだ」
 それ以上、磯貝は語ろうとしなかった。そしてテーブルの上に置いてあった、目の周りを被うマスクを取ると、その一つを幸子に渡した。もちろん磯貝もその仮面劇で使うようなマスクを着けた。同様に、幸子もそれを受け取ると何もわからないまま装着した。飲み物が運ばれて十五分も経ったろうか。二人が座っているかなり前方でスポットライトがついた。
「今宵のM奴隷は、ミサです」
 その声と共にスラリとした四肢に、ブラウス、スカート姿の女性が目隠しをされた状態で現れた。それは、まさに引き出されてきたという感じだった。誰かに押されるようにしてスポットの中へ現れ、転ぶようにして床に崩れた。しかもその足には靴も履いていなかった。次に現れたのは、磯貝達と同じように目にマスクをつけ、黒いTシャツに、黒いボクサーブリーフの出で立ちの、筋骨逞しい男だった。
(えっ、磯貝さんの男役ってこれのこと)
 信じられないという思いで、他の出演者を待っていたが、とうとう他には現れなかった。
「ミサ、誓いの言葉を吐け」
 男の荒々しい声が低く場内に響いていた。床に伏せていた女性は、その声を聞くと、そろそろと起き上がろうとした。ピシッと鋭い音がしたかと思うと、男の手にしていた細い棒が床を叩いた。ビクッと震えるように身構えながら、その女性は正座をして床に頭と手をついた。
「ミサは御主人様の奴隷です。御主人様のどんな御命令にも従うことを誓います」
「よし、四つん這いになれ」
 ミサと呼ばれる女性は、言われる通りに四つん這いになった。すると低くグーンというような音がして、二人を乗せたまま広さ六畳くらいの床がせり上がった。
「自分でスカートをくってみろ」
 その指示に、やや震える手がそーっと伸びていった。そこへピシッとまたあの音がした。しかし今度は床へではなく、そのベージュのブラウスの背中へ飛んでいた。
「あうっ」
「遅い」
「もっ、申し訳ありません、御主人様」
 震えている体のまま、やっとスカートの端を持つと自分でそれをめくり上げた。スポットライトは、あくまでミサを中心にその肌の色が浮き出るように当てられていく。スカートが捲り上げられて露出している、その丸い肌のカーブには、下着らしきものが無かった。
 
 
 
 
〜〜『ごくありふれた夫婦のSM生活』(川口青樹)〜〜
 
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