澤村健 『江戸の、超えてる艶ばなし〜現代語訳シリーズ(2)〜』
澤村 健 江戸の、超えてる艶ばなし〜現代語訳シリーズ(2)〜
目 次
はじめに
張形を使う――の章
女の秘所を観る――の章
勘違いを許されよ――の章
手淫に耽る――の章
男色に溺れる――の章
性に熱中する――の章
(C)Ken Sawamura
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はじめに
先に、『江戸の艶ばなし』をお届けした。今度は、その第二弾である。題名は、『江戸の、超えてる艶ばなし』にしたい、と思った。
じつは、「超えてる」に意味があるからだ。江戸の小咄は、二百六十年もの間に一千三百冊ほども刊行され、その内容は六万種にものぼることを、前回でも述べておいた。
しかし、二作めの執筆に取りかかると、はたと困ることに突き当たった。語の数は多いのだが、類話の多さが目立ちすぎてきたのだ。とくに艶ばなしに絞ると、なおさらである。実際、男と女が生まれたままの姿で行なう行為は、ただ一つしかありえない。だから、変化の乏しいのは当然のことだ、ともいえるだろう。といって、退屈な読み物を、あえてつくることは避けたかった。
そこで、現代語訳というより、現代風に翻案を施す作業にこだわった。また、類話は面白い個所を集めて一つにまとめ上げた。話の落ちも、現代人が素直に共鳴してくれるよう、懸命に努めた。以上の結果で、「超えてる」ものが完成した、と信じている。前回より官能度が高いし、江戸も健在だし、分かりも早くなったことは間違いない。
どうぞ、存分にお楽しみいただきたい、と願う。
著 者
張形を使う――の章
張形は、「はりがた」と読む。男根を型取った婦人用の性玩具である。将軍家の大奥、大名家の
奥
おく
向
むき
といった男子禁制の場所で使われだした。
もちろん、商家の女部屋などにも波及した。素材は牛や鹿の角を加工したり、肥後ずいきを男根らしく工夫したりして、いろいろな形態の娯楽品を次々と編みだしたものである。
〈その1〉必要な人にどうぞ
質屋の戸を、そっと開けて、入口に立った婦人がいた。貧しそうな
身
み
形
なり
である。
「なにか特別の御用でも」
番頭が訊ねた。一見して訳ありげに思えたからだった。
「夫が亡くなりましてから、もう一年半。女の操を固く守り通して売り食いの日々を送ってまいりました。でも、どうしても最後の宝物を手離さなくてはならなくなったのです」
婦人は消え入るような声で語る。やはり、事情があったのだ。
番頭は喰い入るような眼を、あらためて婦人の全身に駆け巡らせた。年齢の頃は三十五、六歳というところか。暮らしやつれがもたらす、楚々とした佇いが男心に同情を超えた好意を与えるのだった。
多分、夫は粋な町火消しでもやっていたのかもしれない。番頭は勝手に想像した。日常の仕事は
鳶
とび
職
しょく
と考えてみた。そういえば、町場の女とは違って、柔らかい物腰をしていても強い芯が通っているようだ。
すると、夫は火事場の事故で殉職でもしたのだろうか。いや、これまた勝手すぎる推測である。だが、一日中、机の前に座りづめの番頭には、そんな妄想が楽しい遊びになっているし、これがまた、ずばり当たることも多かった。
「では、その最後の宝物とやらを拝見いたしましょうか」
番頭は我に返って仕事に取りかかった。いや、婦人の持参した物に興味をもち、これが一体、なんであろうか、といった関心が大いに後押しをして仕事を急かせたといったほうが正しい。
婦人は番頭の言葉を耳にすると、
「あのう……、それがぁ……」
と、恥ずかしそうに胸に手を当て、身体をよじらせた。乳房の谷間に、肝心ななにかを隠しているらしい。
「お見せいただかないと、商売にはなりませんなあ」
番頭は、わざと声を荒げてみせた。
「は、はい」
婦人は、また身悶えた。番頭には、こんないじめが、たまらなく愉快でならない。そのうち、婦人は覚悟を決め、大切な品物を番頭の前に差しだした。それは佐賀錦の布地で仕立てた小物入れに納められていた。
「せめて
一
いち
分
ぶ
ほどにならないものでしょうか」
婦人は初めて自分の要求を口にだした。
四分判で一両(小判)だから、一分判では四分の一両になる。一両を二十万円とする通説にしたがえば、五万円ということだ。決して安くはない。
番頭は手際よく質物を取りだしたが、中味を確かめるや、
「おっ、なんと張形では……」
と、驚きの声を上げて暫く絶句した。
動物の角で作られた代物である。相当に使い込んだ証拠に飴色に輝いていた。
眼の前の貞節そうな婦人が夜毎に、あられもない姿で張形を股間に差し込んで、しきりによがり声を発しつづけていたとは、にわかに信じ難い。だが、疑うこともできない。そう思うだけで番頭の股間が、ずきずきと脈を打った。
「夫は火消しの纏持ちで、家の焼け落ちる直前まで屋根の上に立って景気をつけ、逃げる暇もなく炎の中に消えてしまったのです」
婦人が事情を説明した。やっぱり町火消しだったのだ。番頭の勘は、またもや大当たりである。
「失礼ながら、ご主人のおちんちんは、このように傘を広げており、逞しい物だったのですか」
「はい。親しい火消し仲間に、そっくりな物を拵えてもらいました。お陰で寂しいときは、この張形で心を、どれほど慰めておりましたことか」
ここまでいわれると、番頭は婦人のいう金額は、ひどく安いのかもしれないといった錯覚に陥ってしまう。迷わずに金庫を開け、いわれるままの一分判を手渡そうと決意した。婦人は、それを押し戴くと、懐の奥深くに片づけ、襟元をきちんと正した。
だが、番頭は胸に立ち騒ぐ男の本音を吐きだすことを忘れはしなかった。
「使い古しの張形に一分もの大金を支払う質屋は、江戸のどこを探してもおりますまい。まあ、気分に乗った商売と考えてください」
「本当に助かりました。世の中には神も佛もいるものなのですねえ」
「いや、わたしゃ、神でも佛でもありませんよ。ちゃんとした生きた男です。もしも、これから張形を思いだして不便を感じることがありましたら、いつでも、わたしの本物を提供します。ですから、遠慮なく申しでてくれませんか」
すると、婦人は真顔に戻って、こういいきったのだった。
「かさねがさねのご親切、痛み入ります。しかし、わたくし、あの張形を作ってくれた方と再婚することになったのです。夫もきっと喜んで許してくれましょう。もう張形を使うことはありません。どうぞ、必要な人に流して上げてください」
〈ちょっとエッチな一言〉
未亡人や男体験をもつ独り身の女は夜の空閨に耐え難く、一人慰みを楽しんだという。分かり易くいえば、手まんこである。
布団の中で、男に脱がされるように、自分で脱ぎ散らし、全裸の熱い身体を満足させようと努めたのだった。
だが、感度の高い局部を指で刺戟する手まんこだけで、女は充足感に浸り得るものではない。といって自分の指で自分の穴の中を攪拌する作業は、かえって惨めな気分を誘ったのだろうか。
そこで、張形が密かな人気を高めたと考えられるのである。これなら、好みの男を空想して存分に楽しみ抜くことが可能なのだ。だが、しかし、この話も物語っているように、本物の男根に勝る、すぐれ物は古今東西どこを探しても、ありえなかったといいきっていいのではないだろうか。
〜〜『江戸の、超えてる艶ばなし〜現代語訳シリーズ(2)〜』(澤村健)〜〜
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