山口 香 媚唇の戯れ
目 次
第一章 女カメラマンの欲情
第二章 昇天願望の女
第三章 天国と地獄
第四章 人妻欲求不満症
第五章 人魚の乱唇
第六章 天使の歌声
第七章 遊びざかり
第八章 大空の女神
第九章 熟女のいたずら
第十章 夢の花電車
(C)Kaoru Yamaguchi
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第一章 女カメラマンの欲情
1
白百合銀行成城支店の玄関口には、
人間・飯島昌子写真展――
と大書された立て看板が立て掛けられていて、行き交う人々がチラチラと視線を投げ掛けていた。
白百合銀行は東京近郊に六十店舗と関連会社十社を持つ都市銀行である。本社は新宿区にあり、平成元年に信用金庫から普通銀行に転換したのであった。
成城支店の社員は男子二十七名、女子十一名、パートタイマー三名の四十一名であった。
支店長の下に次長。その下に三つの部署があった。営業事務担当、融資担当、渉外担当の三つであり、それぞれに担当代理がいて、その下にいくつかの係があって係長がいた。
渉外担当代理の鈴木昇は、午前中の外廻りから成城支店に戻ってきた。
支店の裏手にあるお客さま駐車場の隅の社員用駐車コーナーにバイクを駐め、従業員通用口から店内に入った。
渉外担当代理である鈴木昇の下には地域別に三つの係に分かれていて、それぞれに係長と係員がいた。
店内の窓口フロアのソファ席には、多くの男女客が腰を下ろし、窓口係の呼び出しを待っていた。玄関口から入ってきて、二階の催し物フロアに向かう階段を登っていく客もいた。
「鈴木さん、二階で飯島さまがお待ちですけど……鈴木さんが戻ってきたら連絡をくださいとのことです」
営業事務担当の女性社員が近づいてきて、耳打ちするように細い声で言った。
鈴木は自席の机の引き出しに書類鞄を入れて、しっかりと鍵を掛けてから、二階に向かって行った。
二階にはお客さま相談コーナーと催し物コーナーがある。
お客さま相談コーナーは税金や遺産問題をはじめ、年金や不動産などの諸問題の相談も受けていた。相談に必要となれば、税理士、会計士、弁護士などを呼び寄せることも出来た。
催し物コーナーはお客さまに解放されている。申し込みにより、個人、団体のいかんを問わず、展示会場になる。
これまでに書道展、絵画展、人形展、生け花展、写真展など多くの催し物が行なわれていた。
催し物コーナーの入口には受付机が置かれ記帳用のノートが置かれていた。
会場内には衝立てがいくつも立てられ、百枚近くの写真が飾られていた。カラー写真も白黒写真もあり、大小すべてが人物像であった。日本人の写真だけでなく、世界各国の人々も写されていた。
十数人の男女客が順路に沿って、ゆっくりと鑑賞していた。
催し物コーナーの一角に主催者の控え室が作られている。四メートル四方の狭い控え室で簡易テーブルとパイプ椅子が置かれていた。
「失礼します。渉外担当の鈴木ですが……」
鈴木は控え室の中に声を掛け、内側に入った。
和服姿の男とTシャツとジーパン姿の女がテーブルに向かい合って、お茶を飲んでいた。
白百合銀行成城支店の顧客である飯島和二郎と娘の昌子であった。
飯島和二郎は民友党の区会議員であり、成城近辺の大地主で、ビルの管理会社の会長でもあった。都内にいくつもの飲食ビルやオフィスビルを持ち、長男に社長職を譲って、区会議員として幅をきかせていた。
鈴木が聞いた噂では、三回の当選には違法な選挙運動を行なっているらしい、とのことだった。前回の選挙で贈賄の捜査を受けたが何も出てこなかった、ということだった。次期の選挙に当選したら、区議会議長を狙うだろう、ともいわれていた。
「飯島先生、いつもお世話になっています。その上にこのたびはお嬢さまに写真展を開催していただいて、当銀行としても大宣伝になりまして……ありがとうございます」
鈴木はパイプ椅子に座ったままの飯島和二郎に向かって深々と頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ、お礼を言わねばなりません。銀行の大切なフロアの一角を貸していただいて、娘の昌子のために……」
「そんなことはありません。フリーのお客さまが大勢見えて、当行をご贔屓になさってくださるようになり大変よろこんでおります」
「三十一歳にもなって、わがまま勝手に世界中を飛びまわり、売れもしない写真を撮って歩いて、どうしようもない娘ですよ」
「あら、お父さん、年齢のことなんかどうでもいいでしょう。そりゃあ、売れないカメラマンですけど……あたしの芸術的センスがわからないのよ、出版社は……」
「早く結婚して、孫の顔を見せて、安心させてもらいたいよ」
「とかなんとか言って、あたしの写真展をこうして見にきてくれたじゃないの」
「あたりまえじゃないか、人さまに見せられるだけの写真かどうか、親として心配だからな……」
「もういいわ。それなりに納得したでしょう。帰って……」
「鈴木さん、こんな娘ですが許してやってください。さて娘に追い出されて、さびしく帰るかな……」
「飯島先生、お昼はまだなんでしょう。よろしければどこかでいかがですか?」
「いやいや、結構……昌子、鈴木くんと一緒にどうだ?」
「お茶を飲んだからいまはいいわ」
「だったら夕食時にでもいかがですか?」
鈴木は飯島昌子を見つめた。
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