官能小説販売サイト 一条きらら 『甘い誘惑』
おとなの本屋・さん


一条きらら   甘い誘惑

目 次
愛欲の檻
不倫レッスン
乱熟の
蜜の宴
不倫の終止符
甘美な誘い
禁じられた夜
不倫妻の午後
熱い囁き
夢の部屋

(C)Kirara Ichijo

◎ご注意
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、改竄、公衆送信すること、および有償無償にかかわらず、本データを第三者に譲渡することを禁じます。
個人利用の目的以外での複製等の違法行為、もしくは第三者へ譲渡をしますと著作権法、その他関連法によって処罰されます。


   愛欲の檻

     1

 いつ頃からだろう。
 邦生が私の首を締めたいなどと言い出したのは。
 ベッドで汗みどろになって交じわり、深い悦楽の波の上へ私を揺り上げた後で、
 ――殺してやろうか――
 邦生はそう囁きながら私の首に五本の指をかける。
 もう片手はベッドに手をついていたり、私の肩を抱いていたりするので、首を締めるふりをするのは五本の指だけだ。
 私はそのしぐさというより、殺してやろうかと囁く彼の声にぞっとするような恐怖を感じてしまい、
「やめて!」
 と苛立たし気な声をあげる。もちろん彼は本気ではないのだ。
 その時、邦生の肉体のその部分は――その言葉を口にする時、彼のものはいつも私の中にあった――決して異様な昂ぶりをみせるわけではなかった。
 私の中に、すでに体液を放ってしまった後の時もあるし、まだの時もあった。
 だから彼は、肉体的昂奮を得るためにサドまがいのことをしてみせるわけではなかった。
 邦生は先月、三十歳になった。
 彼は決して精力の強い男ではない。痩せた男は精力が強いと聞くが、彼はそうではなかった。
 けれども私は、邦生という男に溺れていた。いや、溺れるというより、彼を檻の中に閉じ込めて私だけのものにしておくことに歓びを見出していたにすぎないかもしれない。
 それは多分に、サディスティックな歓びであった。
 けれども愛には違いなかった。
 私は、彼より二つ年上の三十二歳。青山に《シモーヌ》という会社を経営し、ファッションデザイナーでもある私が、邦生との華やかでぜいたくな暮らしを支えていた。
 邦生は、芳醇な香りに惑わされ、懶惰な生活に身をゆだねる、美しいジゴロであった。
 美しい――けれども邦生は、もう若くはなかった。彼よりもっと若くて美しい獣を、求めようと思えばいくらでもそうすることができた。けれども、邦生でなければならない。
 ほかの誰も、彼の代わりになることはできない。
 愛の檻の中に閉じ込め、私のいのちを息吹かせてくれるのは、どうしても邦生でなければならなかった――。

 電話のベルが鳴った。邦生は目を覚まさない。深夜である。
 私達はベッドに全裸で、毛布にくるまっていた。肉体をむさぼり合った後で、深い眠りに引き込まれたばかりである。
 邦生はあお向けになり顔をややこちらに傾げて、あどけない寝顔を見せていた。スタンドの薄暗い灯のもとで、彼の端整な顔は幸福な王子のように眠りをむさぼっていた。
 電話のベルが気にかかりながらも、私は邦生の寝顔を眺めていた。いつものように歓びが私の胸を満たす。邦生は私だけのものだ。
 音量を絞ってある電話のベルは、虫の音のようにも聞える。邦生が目覚めなければ、そのままにしておこうと思ったが、思い直してベッドを下り、ガウンを羽織って隣のリビングルームに入った。
 肘掛けソファの端に座って、受話器を取り上げる。十回以上ベルは鳴っていた、と思いながら受話器を耳に当て、短く応答する。
 相手は何も言わない。
 まただわ……。舌打ちしたい気分で、私は受話器を耳に当てたまま、片手をテーブルに伸ばしケントの箱から一本抜き取って唇に咥えた。
 ライターで火をつける。一口吸って煙を静かに吐き出す。
 電話の中に女の怨念のかすかな吐息が聞えるような気がする。無言の中に、女は憎悪と嫉妬をこめ私に訴えているのだ。
 ――邦生さんを、返して下さい――
 いつもと同じ言葉が、女の口から吐き出された。細い透きとおるような声。哀願の声。まだ会ったこともない邦生の妻の顔を、私は想像してみる。
 女の眼を、鼻を、頬を、そして邦生と愛を囁き合いながら何度も重ねられたであろう唇を……。
 けれども、女の顔はおぼろにかすんでしまう。その細い、やや高めの声から、邦生と同じように痩せた女の身体つきが辛うじて浮かび上がるだけだった。
 ――お願いです、邦生さんを返して下さい、毎晩眠れなくて――
 女がそうくり返した時、私は受話器を下ろしていた。
 邦生の妻は電話機の前で泣きくずれているだろうか。
 それともふたたびダイヤルを回し始めただろうか――。
 私は煙草を灰皿に揉み消すと、立ち上がり、ベルの鳴り出さない電話機に軽い視線を投げてから、寝室に戻った。
 ドアを後ろ手に静かに閉めた時、私はハッとした。邦生がぼんやりした視線を天井に向けていた。虚脱したような、放心したような、いや、去勢された男のような力のない眼の光……。けれども、淡い灯の中で見る長い睫におおわれた彼の瞳は美しかった。
「眼を覚ましちゃったのね」
「智沙子だろう?」
 と邦生は電話のかけ主のことを言った。私は黙ってガウンを脱いで毛布の中に裸の身体を滑り込ませた。
「邦生は素敵な男性。最高に素晴らしい人、世界で一番あなたを愛しているのは、この私なのよ」
 邦生の引き締まった肉体に手を這わせながら私は囁いた。
 
 
 
 
〜〜『甘い誘惑』(一条きらら)〜〜
 
*このつづきは、ブラウザの「戻る」をクリックして前ページに戻り、ご購入されてお楽しみください。
 
「一条きらら」 作品一覧へ

(C)おとなの本屋・さん