一条きらら 人妻の柔肌
目 次
単身赴任
淫らな電話
密 会
脅迫状
不潔な男
揺れる心
すきま風
無言電話
昼下りの情事
淫乱妻
別れの夜
最後の陶酔
復讐の快楽
不倫セックス
ほとばしる情欲
歓喜の果て
愛の烙印
(C)Kirara Ichijo
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単身赴任
1
珍しく夫が早く帰宅した。
早いといっても夜の十時である。悦子の夫、矢代哲也は放送局に勤めていて、帰宅はたいてい午前二時か三時、早朝ということも珍しくない。
新婚でなくても夫の早い帰宅は、やはりうれしい。悦子はインターフォンで夫の声を確かめた後、玄関に出迎えて顔を輝かせた。
「お帰りなさい。早かったのね」
スリッパをそろえて、夫から上着を受け取った。
「ただいま」と答えた哲也は、
「転勤の内示が出たぞ」
と、かすかな興奮の口調で言った。
「本当!?」
悦子は哲也の顔を見守った。
「うん。札幌だ。月末までに赴任することになった」
哲也は廊下を通ってリビングルームへ入った。ソファに腰を沈め、ネクタイをゆるめて、煙草を口にくわえる。
「札幌……!」
と呟いて悦子は夫の上着をハンガーにかけてから、キッチンへ行って冷たい麦茶をグラスに入れてリビングに運んだ。
「ねえ、あなた、札幌なんてすてきじゃないの。学生時代、北海道旅行したことあるけど、広々とした雄大な景色が素晴らしいし、ちょっとエキゾチックで、ロマンチックよね。札幌は都会だから生活にも便利だし……」
麦茶のグラスを哲也の前に置いてから、悦子は弾んだ声で喋り続けた。
哲也は麦茶を飲んだり、つけてあるテレビを眺めたりしていたが、悦子の言葉が途切れると、
「単身赴任するよ」
と言った。悦子は一瞬、自分の耳を疑った。
「単身赴任……て、あなた、どうして」
「そのほうがいいと思うからさ。雅也の学校のことがあるだろう。転校は避けたほうがいい」
「でも……」
「それに、親父がいつまた入院するかわからないし。何かあった時、悦子には東京に残っていてもらいたいんだ」
「………」
悦子は、ソファに背をもたれて、うつむき、黙り込んでしまった。夫が単身赴任するなんて、ショックだった。夫のいない生活を想像すると、寂しかった。
確かに哲也の勤務時間は不規則で、まるで母子家庭のようだと不満を口にしたこともあった。それでも、ちゃんと家には帰って来る。早朝に帰宅しても哲也の寝顔を見れば安心だった。
「嫌なのかい? 僕が単身赴任すること」
「だって……」
と言ったきり、悦子は言葉をつまらせた。涙がこみあげてきてしまったのである。そんな悦子の様子を察した哲也は、
「寂しいのか」
と、声を柔らげて悦子の手を軽く握った。その手の上に悦子はもう片手を重ねた。
「雅也と二人きりで暮らす生活なんて」
心細さと寂しさが胸にあふれた。
「ばかだな。一生そんな生活ってわけじゃないんだ。せいぜい三年だよ」
「三年も……」
悦子には長く感じられる。三年もの間、夫と離れて暮らすなんて……。
「悦子は今年、いくつになるんだっけ」
わざと明るく、冗談のような口調で言いながら、哲也は悦子の肩を抱き寄せた。
「三十四、よ」
「うん。そのくらいの年齢の世間の奥さんはね、夫が単身赴任するっていうと、喜ぶそうだぞ」
「すべての人が、そうじゃないわ。そういう人も、いるってことでしょ」
「夫の世話から解放されて、習い事はできるし、外出もできる、家でものんびりできる」
「そんなこと……できなくたっていいわ。あなたの顔を毎日見られたほうが。……どうしても、単身赴任しなくちゃいけないの?」
「それがベストさ。すぐに慣れるよ。海外へ行くってわけじゃないんだ。月に何回か家に帰って来るよ」
哲也が急に、唇を重ねた。悦子の舌に舌をからませながら、スカートの中に手を入れてくる。
けれども、すぐに唇を離した。悦子の顔を覗き込んで、ちょっと苦笑した。
「悦子はいつまでたっても、幼な妻だね。全く初々しい奥さんだ。可愛い」
「そうやって、ごまかすのね」
悦子はわざと拗ねた。内心、夫が慰めてくれているのを、感じていた。哲也は六つ年上である。尊敬できるし、頼りがいのある夫だ。結婚してから、ほとんどのことは夫が決めてきた。悦子はそれに従ってきた。決して古風な、亭主関白タイプというのではなくて、夫への信頼と愛情がそうさせたのだ。
悦子は短大卒業と同時に二十歳で結婚した。哲也は悦子の兄の大学時代のサークル仲間である。
結婚して、すぐに妊娠した。女は妻になり母になると変わると言われるが、悦子は珍しくあまり変貌しないタイプだった。
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