影村英生 成城淑女の寝室
目 次
第一章 アイリスの部屋
第二章 麝香の部屋
第三章 ミモザの部屋
第四章 白檀の部屋
第五章 月下香の部屋
第六章 リラの部屋
第七章 乳香の部屋
(C)Eisei Kagemura
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第一章 アイリスの部屋
1
マンションの自動ドアがあいて、育ちのよさそうな女子学生が帰ってくると、
「ちょっと、宮沢さん。宅配便をあずかってますよ」
半白の髪を短く刈りこんだ馬頭玉三郎が声をかける。
痩せぎすで、小柄な玉三郎は六十三歳で、このメゾン・ド・リリスの管理人である。脂肪の少ない顔の造作なので、いつも素通しの眼鏡をかけ、こざっぱりした恰好をしている。
気さくで、面倒見がよく、きれい好きなので、女性ばかりの住人たちの評判もよく、何かと重宝がられている。
「ありがとう、おじさん。いつもお手数かけて」
宮沢久美子は、肩にかけたデイパックをひと揺すりして、送り主を確かめずに宅配便をうけとり、はにかんだようにほほえむ。
「はやく東京暮らしに慣れなきゃあ。まだ、友だちはできないの。たまには盛り場にでかけるんだね」
「そう思うんだけど、小田急線て、いつも混んでるでしょ」
札幌の大金持ちの令嬢で、おおらかな高校生活をすごした久美子は、この四月から青南大学英文科に進み、厚木キャンパスに通っているが、毎日、この成城から直線コースを繰り返しているだけらしい。
初めてのひとりぼっちのマンション暮らしで、部屋に帰ると話す相手もなく、すべてが心もとない。
「コンパでも、話しかけてくる男の子もいないし……」
「お嬢さんっぽいからさ。あけっぴろげのコのほうがもてるんだよ」
久美子はレイヤーを入れたロングヘア、色白で、かすかに雀斑の浮く顔だち、キラリと光る大きな眸、ぷりっと弾む少女っぽい唇をしている。
そのくせ、十九歳のわりには、ストライプシャツごしに胸もとが盛りあがり、ジーンズの胴まわりはきゅっとくびれ、腰の量感はむっちり張りつめている。
「じゃあね」
スキップしながら階段をかけあがる久美子の後ろ姿を眺めやり、玉三郎の頬は、自然にほころんでくる。
(宅配便の中味を見たときのあの子の反応が楽しみだな。どんな顔をするだろう。バージンじゃないことは、とっくに分かってるんだから……)
十日ほど前、久美子あての手紙を、そっと郵便箱からぬきとったことがある。
蒸気で封をはがして盗み読みすると、高校時代のボーイフレンドからで、赤裸々なセックスの思い出が綿々と綴られている。
〈久美子のコーマン、思いだして、毎日、泣きそー。ハメたい。ナメたい。シャブらせたい。おれにはベンキョーなんて、カンケーねーけど、テキトーこいて、タマには帰ってこいよー。バシバシきめてやるからなー。東京モンのインボーにハまるなよ……〉
といった調子の文面が便箋五枚にわたってつづいている。
どうやら、彼女は相当な発展家だったらしい。
その手紙は、何くわぬ顔をして郵便箱にもどしたが、玉三郎は、例のムシが疼きはじめたのである。
低層三階建て、築三年のこの高級マンションは、道楽半分に、玉三郎が一年前に買い取ったものである。
銀杏並木がつづく静かな住宅地に建てられ、ベージュグレーの磁器タイル貼りの高級感もさることながら、彼が居抜きで大金を投じる気になったのは、ここが女性専用マンションだったからである。
全戸数十五戸ながら、現在入居しているのは八戸。というのは、業者仲介だが、入居希望があると、一管理人として下見の案内をし、気に入った女性にしか貸そうとしないからである。
宮沢久美子の部屋は、二階の一番奥の二〇六号室。その隣の二〇五号室は、空き部屋になっている。
(いまごろは、いやらしい疣つきセックス・チャーマーや、卵型のピンク・ローター、ダブル・バイブ、膣鏡、ソフト肛門棒などを前にして、どんな気持ちでいるのだろう。ひょっとすると、こわごわ試しているかもしれんな)
そう考えると、玉三郎は、もう一刻も待ちきれない気がする。
彼は、黒い布製の携帯用作業バッグをとりだし、外から触って中味をたしかめた。
そのバッグをさげ、管理人室から出ようとすると、
「あら、おじさん。もう巡回の時間なの。ちょっとお邪魔してもいいかしら。引っ越しのご挨拶にと思って……」
入ってきたのは、きのう、運送屋が来て家具荷物類を運びだしたばかりの二〇二号室に住んでいたビオラ奏者の鮎川麻由美である。
ゆるくパーマをかけたシックボブヘアの麻由美は、秘密っぽく切れ長の目をしばたたかせる。
交響楽団の指揮者との結婚が決まって、挙式前に引っ越し荷物を代々木上原の新居に運びおえたところである。
「ねえ、また、会ってくれるんでしょ。ヒ、ミ、ツの約束、忘れちゃあいやよ」
一語ずつ区切ると、形のよい口もとのせいか洗練されたなまめかしさがただよう。
「いいのかな。これっきりよ、ぜったいに内緒って言ったのは、どこの誰だっけ」
「いじわる。おじさんに入られると、中で虫が這いずりまわっているみたいで、どうしようもなくなるのよ……。わたし、クセになったみたい」
みだらな不倫の惧れで、麻由美の声は熱くうるんでいる。
玉三郎が唇を近づけると、湿ったいろごとの匂いがする。
(いや、いやっ。もう勝手に……)
こんなに上品で、理知的な顔だちをしていながら、ショーツをひきおろすと、すぐに観念する。
とば口をこすると、ねたつきを増し、咥えこむようにヌルリと入る感覚がなつかしい。
「でも、ここでは無理だね。新居に移ったら、あんたの都合のいい時間に連絡をくれないか。携帯電話の番号を教えるから」
「それなら接吻だけ、して……」
玉三郎は、官能的な麻由美の音声や、腰高の量感から、渦巻く陰毛のむらがりや、飴色にとろけ、ヒクヒク締めつける構造を思い出し、股間が膨れだしたが、人目につきやすい管理室ではどうにもならない。
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