北原双治 淫魔復讐地獄
目 次
第一章 レスラー
第二章 淫讐鬼
第三章 淫動カワヤツメ
第四章 籠絡の舞い
第五章 巨大な檻
第六章 性 聖
第七章 闇の闘い
(C)Souji Kitahara
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第一章 レスラー
1
トランクスを着けた。
直ぐに、川崎瑞恵がベッドから起き上がり、床に落ちていたパンティを拾う。
応接セットで煙草を銜え、彼の方を見て微笑むと、彼女はミントグリーンのパンティを手にしたまま、全裸で浴室へ入って行く。
(やっぱ、物足りなかったのかもな……)
しっかりとした足取りの彼女を見て、因幡克彦はおもった。
いつもは、短時間で二回も抱いている。泊まりとなると、三回以上だ。一回でお別れというのは、二人の間では初めてだった。
出会って最初のころは、その一回でさえ彼女は息も絶え絶えになり、暫くは動くこともできなかったのだ。
それも、当然だろう。
因幡は現役のプロレスラーだ。パワーやスタミナは普通の男の比でない。
テクニックにしても、好色な中年男に引けを取らないだろう。興行で全国を廻り、その都度グルーピー紛いの女を抱いている。
まだ二十八歳と若いが、女を悦ばせる術を身につけているのだ。
その彼に抱かれれば、大抵の女は一回で昇天する。どんなに熟した女でも、だ。
だが、川崎瑞恵の場合は違う。
付き合い始めて、二年近くなる。結婚を約束していることもあり、もう何度となく体を重ねている。
体が慣れたのだろう。
つまり、彼のパワーや性戯テクニックに、川崎瑞恵の肉体が対応できるようになったのだ。
しかも、彼女は国際線のスチュワーデスをしている。その点からも、並の女よりも体力的に優っており、ハードなセックスへの順応も早いと言える。
それで、最初のころは腰が抜けたみたいに動けなかった彼女も、直ぐに歩けるようになったのだろう。
煙草を燻らせながら、そんなことを因幡は考えた。
(今夜ばかりは、ガマンしてもらわんとな)
明後日に対戦を控えた淵神剛の顔を思い浮かべながら、意志を曲げるわけにはいかないとおもった。
前日には、女を断つ。
酒も、だ。そして、襟を正して試合に臨む。それが、彼が自身に課した誓いだった。
こんなふうに自身を律したのは、初めてだ。
外国人の世界チャンピオンに挑戦したときも、平然と酒を飲み、女を抱いたりしたことがある。タイトルマッチの前夜に、だ。
それで、タイトルを奪取してもいる。
どんな強敵と対したときでも、そうだった。決して、自身の力を過信しているからではない。流れに任せ、試合に臨むことにしていたのだ。
アマチュアの選手ならばいざ知らず、それがプロとしてのあるべき姿だと、自負している。
だから、大試合を前にして、因幡は特別なことをやらなかった。むろん、それなりにコンディションは整えてきた。トレーニングも他人の倍は、積んでいる。日頃の鍛錬を欠かさないからこそ、それを実行できたのだ。
その彼が酒や女を断つことにしたのは、淵神剛に対する脅えからではない。
確かに、現在の因幡にとって一番の強敵であり、互いの力量はプロレス関係のマスコミが書き立てるように、拮抗しているだろう。
彼自身でさえも、淵神剛に勝てるという確信はない。
勝負は時の運という言葉もあるくらいだ。リングに上がり、試合をやってみるまで結果は分からない。
それでも、もし彼が負けた場合、研磨を積み再試合を挑むことができる。
だが、淵神剛にとっては、それが因幡に挑む最後の試合になる。
理由は、二人の対戦成績にある。
過去に二回対戦し、何れも因幡がフォール勝ちしている。
フィニッシュは二回とも、ローリングクラッチホールドだ。相手の力を利用し、一瞬の隙を突いてフォールする技であり、相撲でいえば立ち合いの変化技、あるいはうっちゃりといった感じだろう。
それでも、勝ちは勝ちだ。
だが、淵神剛にすれば紛れもなく、彼に連敗したことになる。しかも、同じ技を食らって、だ。それが三度も続くとなれば、淵神剛の評価は下落する。
自ずと、ライバル視された二人の関係も、はっきりと格付けされる。
もうファンやマスコミは二人の四回目の対戦を望まないだろうし、因幡自身もそう考えている。
現に、周囲に煽られ二人の対戦が決定したとき、そのことを彼の口からはっきりと淵神剛に伝えている。
つまり、淵神剛にとっては背水の陣を敷いての闘いなのだ。
その彼の心中を察しているからこそ、因幡は襟を正して彼との試合に臨むことにしたのだ。
試合前日から、酒と女を断つ。
それが決死の覚悟でリングに上がってくる淵神剛への敬意であり、礼儀だとおもった。
むろん、そんなことは関係者やレスラー仲間には喋っていない。自身の裡だけで誓ったことだ。
ただ、婚約者の川崎瑞恵には伝え、納得してもらっていた。
それが、初めての一回だけの交わりとなったのだ。
トランクスの上からジーンズを穿き、トレーナーを着けようとしたとき、彼女がバスルームから出てきた。
ミントグリーンのパンティを穿き、胸をバスタオルで覆った格好だ。
「もう、行くのぉ」
「ああ、きわめて意志が弱いからね」
笑顔で言い、トレーナーに袖を通す。
「待ってよ、ラウンジでコーヒーくらい、いいでしょう」
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