影村英生 淑女の放課後
目 次
第一章 ながからむ心もしらず黒髪の みだれて今朝はものをこそおもへ
第二章 忍ぶれどいろに出でにけりわが恋は ものや思ふと人のとふまで
第三章 かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじなもゆる思ひを
第四章 名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな
第五章 明けぬればくるるものとは知りながら なほうらめしき朝ぼらけかな
第六章 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか
第七章 春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなくたたむ名こそ惜しけれ
第八章 あまつ風雲のかよひ路吹きとぢよ をとめのすがたしばしとどめむ
(C)Eisei Kagemura
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第一章 ながからむ心もしらず黒髪の
みだれて今朝はものをこそおもへ
1
「みんな、すっかり陽に灼けて、元気そうね。この暑さじゃあ、スカッとはいかないけど、ダレずにがんばりましょう」
国語担当の岡部麻里が教壇に立つと、花柄プリントのオーバーブラウスと裾広がりスカートが、彫りの深いあざやかな顔だちと、均整のとれた体つきによく映える。
切れ長の大きな目、むちっとする胸もと、張りつめた腰高の量感と、きれいな脚の線に、二十六歳の人妻教師の艶めかしさが感じられる。
「では、教科書をひらいて……。百十八ページの徒然草第五十四段からはじめましょう。瓜生くん、読んでちょうだい」
きりっとした顔だちの瓜生伸吾が元気よく起立して、朗読しはじめる。放送の部活をしているので、よく透る声である。
「御室にいみじき児のありけるを、いかで誘い出して遊ばんと企む法師どもありて、能あるあそび法師どもなどかたらひて……」
麻里は、ひらいた教科書を手にして教壇から降りたち、ゆっくり目を通しながら、生徒の席の間をまわりはじめた。
はやくも彼女の放恣な肉びらと陰核が、ねっとり潤みはじめている。じつのところ、クラスきっての秀才の朗読など、どうでもいい。彼女はストッキングとガーターベルトだけで、ガードルも、ショーツもつけていないのである。
(四人の子が、熱い目でみつめている。どこで立ちどまろうか)
この善隣高校一年B組のなかで、彼女の好みのタイプは四人にしぼられている。
麻里が気をそそられる生徒のひとりは、愛くるしい顔だちなのに、どこか愁いをおび、甘い香りがひそかにたちのぼるような結城苑子である。彼女とは、すでに秘密なかかわりを持っている。
あとの三人は、小柄で筋肉質、いたちのようなすばしこい目つきの神保雅也。甘いマスクだが、皮肉っぽい文学少年風の赤江典夫。そして、腕力と狡智にたけて、番を張る三根高彦である。
三根は、情無用のワルグループのボスで、得体の知れぬけだものといった雰囲気で、麻里は、できるだけ接触を避けている。
にもかかわらず、彼女の妄想のなかでは、ワルグループの溜まり場に拉致され、三根に鞭打たれ、鮮血をしたたらせ、寄ってたかって、全裸で大の字にされ、肉体のあらゆる穴を蹂躪されるのを夢見ている。
しかし、徒然草の朗読がすすむにつれて、麻里はクラスの雰囲気が乱れてくるのに気づいた。いまどきの高校生は、中世の随筆など、およそ興味が持てないようである。
(といって、やめるわけにはいかないわ)
朗読は、ようやく終わりに近づいた。
「法師ども、言の葉なくて、聞きにくくいいさかひ、腹立ちて帰りにけり。余りに興あらんとする事は、必ずあいなきものなり……」
「そこまでよ。瓜生くん、座りなさい。さてと……」
麻里は、窓際の後列に近い場所にすすみながら、教室をみまわした。
「いままでのところで、分からない部分は……。だいたいは註がついてるけど」
手は一つしかあがらなかった。
それはガリ勉タイプの気が強そうな関本美千子だった。予習をみっちりしていて、きっと教師を困らす質問をするにちがいない。
「ほかには……」
麻里は、美千子を無視して、ぽかんとした顔つきの生徒たちを順ぐりに眺めまわした。
(けっこうな生徒たちだわ。それでこそ仕込みがいがあるというものよ。ではと)
「関本さん、質問は?」
「最後の、あいなきものなり、の語義がよく分からないんですが」
(ほらね、いつものワンパターンだわ)
女教師は、にこやかに教室じゅうを見わたし、内心は憮然としながら教壇にもどった。
(もうちょっとで雅也のそばに行けたのに、このガリ勉のぶりっ子が……)
窓ぎわの後列は、教室の死角である。
あの位置なら、すばしこい雅也が誰にも気づかれぬように彼女のスカートをたくしあげ、ガーターベルトだけの両腿のもじゃっとする陰毛をかきわけ、粘りつく肉びらのとば口や、上べりの肉粒を、ネチネチと指戯してくれるはずなのである。
麻里は、くるっと黒板のほうにふりむき、
『余りに興あらんとする事は、かならずあいなきものなり』
と書きつけた。
三つ編みのシニヨンのはなやかな女教師が毅然と黒板の前に立っても、抜群のプロポーションのよさに、いまひとつ教職にある身として緊張を欠く雰囲気がただよう。
「このあいなきは、あるまじきことの意味で、つまらない、よくない、無益な、かいのない、などの語義なのよ」
関本美千子に諄々と説明しても、男子生徒たちの視線は、黒板に書きつらねた文字よりも、魅力的な女教師の肉厚の腰高の動きを追いがちだった。
「愛情がねえってことじゃねーけ」
教室のどこかで、素っ頓狂な田舎弁が起こり、つづいてクスクスと忍び笑いの渦がひろがった。
雅やかだが、プライドの高い女教師は、きっとなって振りむいた。
「ふまじめな声をだしたのは、だれなの。はっきり名乗り出なさい」
麻里は、忍び笑いの渦の中心らしい生徒席のほうへ視線を走らせた。
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