官能小説販売サイト 一条きらら 『愛戯に溺れて』
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一条きらら   愛戯に溺れて

目 次
第1話 喪服のままの痴態
第2話 妖しい予感に濡れる花芯
第3話 狂わされた淫夢
第4話 女子大生家庭教師の官能授業
第5話 不倫の疑惑に猛る昂まり
第6話 蜜で濡らした愛欲帰郷
第7話 濃密愛戯のぞき
第8話 快楽の館で仕掛けられた罠

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   第1話 喪服のままの痴態

     1

 うつむいていた顔を上げると、鮮やかなグリーンの服を着た女が、祭壇前に進み出たところだった。
 女は、喪主の恵利子に一礼すると、焼香台の前の座蒲団の上に正座し、香典を供えた。
 そして合掌し、遺影をじっと見つめた。
(誰かしら)
 恵利子の胸に、かすかな、さざ波が立った。女は、恵利子より四、五歳若い。二十七、八だろうか。薄化粧の顔はひときわ美しかった。
 水商売の女ではなさそうである。
 黒の喪服の弔問客の多いなかで、女の服は目立っていたが、その鮮やかなグリーンのスーツは女に良く似合っていた。
 と、遺影をじっと見つめていた女の口から、えつがほとばしった。静まり返った室内に、その声が高く響いた。
 女は肩をふるわせ、ハンカチを当てようともせず、遺影を見つめたまま泣いている。
 そして泣きながら、線香を立て、合掌した。その合掌の時間も、他の弔問客より長かった。
 恵利子の胸に立ったさざ波は、疑惑に変わっていった。
(一体、誰かしら、あの
 最愛の夫を失った自分でさえ、通夜のこの日に人前で涙を抑えているのに、女は他の者たちの存在を忘れたように泣きくずれている。
 和彦の死を、それほど悲しむ女と、夫の関係に、恵利子は小さな疑いを抱いたのだ。
 女はやがて座蒲団から下り、恵利子に向かって一礼し、
「このたびは、突然のことで……」
 と、絶句し、顔を伏せてまたしゃくり上げた。その声も悲しみに耐える表情も、美しかった。こんな時なのに恵利子は、美しい同性に対する嫉妬心がこみあげてくるのを感じた。
 女は、恵利子たち遺族と反対側の、席に戻った。
 すると、その女の隣の席に坐っていた、深井圭一が女に小声で何か囁いた。女は軽くうなずいている。
 深井は、和彦の会社の上司である。大学時代の先輩で、会社ではいろいろ和彦の力になってくれた。
 恵利子は、女の存在が気にかかり、時々さりげない視線を走らせた。
(あんな派手なグリーンの服を着て……)
 黒のスーツかワンピースぐらい持っているだろうに、まるで目立つことを計算してあんな服を着て来たようだ。そしてその服が女に良く似合い、美しさをきわ立たせていることが、恵利子にはいっそうしゃくだった。
 喪主の恵利子の服装は、黒無地の五つ紋付きである。その喪服は三十二歳の恵利子をいかにも悲しみにくれる美しい未亡人に仕立てていたし、人々の自分に注がれる視線でそのことを恵利子自身、意識していた。
 けれども、人々の心に今、恵利子以上に美しい女を印象づけてしまったのだ。誰もが、故人と女の関係を臆測するに違いない。
 そう思うと、恵利子はプライドを傷つけられたような気がした。
 もちろん、そんな素振りは少しも見せなかった。祭壇に進み出る弔問客に礼を返し、あとはじっと悲しみに耐え、うつむいていた。
 焼香がすんで、葬儀委員長の言葉で、恵利子が喪主としての挨拶をすることになった。
 恵利子は、参列への礼を述べ、亡き夫のことを語り、今後も変わらぬお付き合いを、と結んで挨拶を終えた。
 通夜の儀式が終わり、参列者に酒食のもてなしをした。
 故人をしのぶ通夜ぶるまいの席に、グリーンの服を着た女の姿はなかった。
 翌日、葬儀が行なわれたが、その日には、彼女は姿を現わさなかった。
 火葬場での儀式も終えて、恵利子は和彦の両親、自分の両親、それに息子の明彦と、自宅のマンションに帰った。
「明彦のためにしっかり生きなくちゃね」
「和彦がいつも見守っていてくれますよ」
 恵利子の母と和彦の母は、そんな慰めの言葉をかけて、夫たちと自宅へ帰って行った。
 明彦を寝かせ、喪服を脱いだ時、緊張感と疲労感が押し寄せて来て、恵利子は力なくじゅうたんの上に坐り込んだ。
(あなた、どうして私と明彦を置いて、死んでしまったの)
 悲しみが胸にあふれ、涙が頬を濡らした。
 愛する夫を亡くし、幼い明彦と二人で、これから、どう生きて行けばいいだろう――。
 神様を、恵利子は怨みたかった。そして和彦を怨んだ。
 一生、恵利子を大事に、幸福にする、と誓ったのに、恵利子を若い未亡人にしてしまった夫を……。

     2

 和彦が死んだのは、交通事故に遭ったためだった。
 雨の夜、車を運転していた和彦は、自宅の近くの交差点の手前で、バックミラーをよく確認せずにうっかり急ブレーキを踏んだ。
 信号は黄色だったのだ。後ろについていた大型トラックに追突され、電柱に激突して、車が炎上し、運び出された和彦は全身に火傷を負って、病院に運ばれたが死亡した。
 まだ三十七歳の若さである。
 
 
 
 
〜〜『愛戯に溺れて』(一条きらら)〜〜
 
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