官能小説販売サイト 北原双治 『華麗なる獲物』
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北原双治    華麗なる獲物

目 次
ハーフミラー
歩道橋の女
緑陰の誘惑
蒼き女獣
黒の下着
華麗なる獲物
教  唆
回転木馬
パジャマパーティ

(C)Souji Kitahara

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   ハーフミラー

     1

(おれに、相談したいだとお。……)
 受話器から響いた彼女の躊躇ためらったような声に、まさあきは懐かしさに胸を弾ませたのも束の間、おもわず口許を引き締めていた。
 ――突然で、悪いんですけど……今夜にも会っていただければ、ううん、お時間の取れる日で構わないわ。場所を指定してくだされば、どこへでも伺います。
 沈黙した彼に、急に殊勝な声で匂坂真砂美が言う。
 ――急いでるのかい、……
 ――ええ、できれば早い方が。……
 ――いま、話してもらうわけにはいかんの。
 ――……直接、お目にかかってご相談したいんです。わたしの顔も見たくないっておっしゃるのなら、別ですけど。
 ――そんなことないよ。ただ、唐突な電話だったんで、驚いてるんだ。
 ――ごめんなさい、まだ怒ってらっしゃるんでしょう。……
 ――もう、七年も経ってるんだぜ。……いま、自宅からかけてるのかい。
 ――ううん、違うわ。ソフィアホテルのロビー、よ。劇場関係者との打ち合わせがあって、出て来たところなの。
(まだ関わっていたのか、……)
 劇場関係者と聞いて、羽野は眉をしかめた。
 匂坂真砂美が彼の元を出奔し、駆け落ちした相手が劇団の若手団員だったのだ。その男と、まだ一緒に居るらしい。しかも、彼女よりも五歳年下の若者であり、じきに破綻するはずだと、羽野は未練がましく彼女に毒づいたことがある。
 その二人が、続いていたことになる。
 ――一流ホテルで打ち合わせとは、結構なことですな。順調にいってるみたいで、ぼくも嬉しいよ。
 ――そんな、皮肉を言わないでください。苦戦の連続なんですから。地方のマスコミを対象とした映画会社の製作発表に、招待されただけなんです。ホテルのディナーと宿泊サービスが付いてるっていうんで、気晴らしに出席しただけなんですもの。それも、知り合いの代わりに、よ。
 ――きみ、独りなのかい。
 ええ、たまにはシティホテルへ泊まるのも悪くないなとおもって。淋しい話でしょう。ふふっ。
 ――それで、ぼくに電話して来たってわけかい。期待していいのかな、……
 シティホテルに独りで宿泊すると聞き、おもわず彼は受話器を握り直し声を弾ませていた。
 電話では言えない相談ごとだと、言う。
 見当もつかなかったが、何か意味あり気で魅惑的な話にもおもえた。いや、単に気紛れで昔の男というか、かつて夫だった彼に会いたくなったのかも知れない。いずれにしても、男へ期待を抱かせる電話だ。
 ――……お若いのね、ふふっ。わたしの方は構わないけど、……
 即座に、意味を解したらしい。
 少し逡巡したあと、妖しく囁くような声で匂坂真砂美が答える。
 羽野は間髪を入れず応諾し、七時にソフィアホテルのロビーで会うことを伝え電話を切った。
(声は変わってないな、……)
 脳裏に彼女の顔を思い浮かべながら、ラークマイルドをくわえ火を点ける。
 当時、二十代前半だった彼女も、三十歳を越えているはずだ。声はともかく、体つきまで昔のままとはおもえない。だが、匂坂真砂美に限っては、一般の女性のような年相応の肉体的変化は考えられなかった。いや、さらに磨きがかかり至上の肉体というか、人妻の爛熟した肉体へ変貌しているに、違いない。
 肉体もそうだが、彼女の知性やエレガントさは他の女性を圧倒していた。彼が知っている限り、匂坂真砂美を凌駕する女とは出会ったことがない。
 そのくらい優美で、正に才色兼備の女なのだ。
 その彼女と最初に出会ったのは、イタリアのミラノでだった。彼が経営するブランド品の並行輸入会社「ハノ・エンタプライズ」の仕入れに、イタリアを訪れているときで、彼女は女子美大の卒業旅行でミラノへ来ていた。
 偶然にも酒場で隣り合わせたのだが、一目惚れというか果敢に彼は接近した。そして、まだ就職の決まっていないと言う彼女を口説き落とし、将来はデザイナーとしてやって欲しい。そのための援助は惜しまない等と巧みな言葉でアタックをかけ、帰国と共に結婚へ漕ぎ着けたのだ。
 だが、一緒に暮らしたのは三年余りで、二人の結婚生活は破綻してしまった。いや、一方的な訣別を宣せられたのだ。むろん、彼女を問い詰めた。劇団の若手俳優を、好きになったと言う。そして、彼が懇願するのを無視し、駆け落ちしたのだ。
 仕方無く、彼は後に送りつけられた離婚届けに捺印し彼女の許へ送付し、決着をつけている。むろん、慰謝料等は一切支払っていない。いや、彼所有のパジェロを一台与えただけだ。それも匂坂真砂美が男と共に、パジェロに乗り駆け落ちしたからだ。
 彼との結婚の経緯がそうであったように、匂坂真砂美には並の女と同列に扱えない性向がある。純真というか、いちで思い立ったら行動を起こすというやつだ。
 若手俳優に、惚れてしまった彼女を拘束するすべなど、彼にはなかった。
 おそらく、結婚生活に退屈していたに違いない。デザイナーにすると口説き落としながら、羽野はずっと彼女を家へ閉じ込めていたのだ。会社は輸入業であり、将来的にはオリジナルブランドの開発をも、と考えてはいたが実施のは立っていなかった。会社の内情を知った彼女は挫けることなく、仕事を手伝いたいと申し入れてきた。
 
 
 
 
〜〜『華麗なる獲物』(北原双治)〜〜
 
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