官能小説販売サイト 北原双治 『狂悦の時間』
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北原双治    狂悦の時間

目 次
魅せられた領域
窓辺の凌辱
褐色のナイフ
獣欲の流儀
熱き恵み
倫 姦
淫 約
せいひつな週末
過淫の鎖
光速のちぎ

(C)Souji Kitahara

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   魅せられた領域

     1

 目線をテーブルの角へ向け、くわえていた煙草を緩やかに口から外す。そして、静かに煙を吐き、僕は右手で片方の膝を抱えたまま、彼女の言葉を待った。
 僕の得意のポーズで、杉尾美砂に対しどれほど効果があるか分からないが、どことなく陰のある知性的な男を演じるつもりでいた。
「そうね、……じゃあ、ありきたりだけど、どんな夢を見たか話してくれるかしら」
 少し思案したあと、すぎが真っ直ぐ僕の顔へ視線を向け穏やかな声で訊いてくる。
 片方にひざまずいた脚を流したままの姿勢は変わらないが、腕を組むようにテーブルへ両肘を乗せている。しんな気持ちになったときの、彼女のポーズなのかも知れない。
 彼女は二十六歳の大学院生で、心理学を専攻している。その得意なジャンルで、なにか分析して欲しいと、あまり乗り気でなかった彼女へ、僕は旨く話をもっていったのだ。
「夢なんか、ここんとこ見てないな。忘れてんのかも、知れんけど。……」
 自分でもちかけておきながら、僕は関心なさそうにテーブルの角へ目線を向けたまま答え、呼吸するようにちらりと彼女を、見る。
「夢って、忘れやすいのよね。最近のでなくてもいいから、一つくらい覚えてるのあるでしょう」
「それなら、あるよ。拳銃で、撃たれたやつ。いや、僕が撃ったのかも知れない。よく覚えてないけど、銃身の長い黒光りする拳銃が、出てきたことだけは、強烈な印象として覚えている」
 息苦しくなってくるのを覚えながら、僕はポーズを続けたままつぶやくように言った。
 物憂げで思慮深い男に見えることを、胸の中で期待しながらだ。
「男性としては、一般的な夢よ。銃身はペニスを表しているの。弾の勢いは、男性自身の能力を示しているわけね。この場合、誰が撃ったかは関係ないの」
 すぐに、美砂がテキストの解答を示すように淀みなく言い、眼で僕を促してくる。
「なるほど、……コンプレックスがあるってわけだ。……なにかに追い掛けられて空を飛んで逃げるんだけど、低空飛行で捕まりそうになっちゃう。高く飛べないんだよな、必死にジャンプするんだけど。……」
 学術用語かなにかのようにペニスという言葉をさらりと口にした彼女の瞳が輝くのを、視線の端に捉えた僕はぼそぼそとした声で言った。
「ふうん、……それも似たような分析に、なるわね。……」
 なにかを考えるように視線を逸らし、美砂が言う。
 きっと、高く飛べないのはその人の才能や能力のことを、意味しているに違いない。むろん、僕の現状を示していることは、確かだ。それを知っていながら、僕を傷つけまいと美砂が言葉を選んでいるに、違いない。
 彼女の優しさであり、同時に僕への関心の度合いを示しているとおもい、僕は体が火照ってくるのを覚えた。
 かしわたにけいのときと同じように、杉尾美砂も裸身を晒してくれると直観したからだ。

 かしわたにけいというのは兄貴の嫁さんで、僕に最初の体験をさせてくれた女だ。
「あれは、彼の人柄なんだって、納得することにしたの。だから、もう平気よ」
 ベランダへ干してある洗濯物をあごで示し、景子が訪ねて来た僕を、安心させるように言ったのだ。
 いや、あれを暗示させようとしていたに違いない。物干しには彼女の下着ばかりが、何枚も干してあったのだ。カラフルで、柔らかくとてもいい匂いのしそうなパンティが、手を伸ばせば届きそうな近くで風に揺れていた。
 その彼女の下着を洗濯したのは、兄貴の奴だ。洗濯が趣味といえば聞こえはいいが、奴はそんなんじゃあない。病気というか、ともかくなんでも自分で洗わないと気が済まないのだ。洗濯ばかりか、掃除もだ。異常な潔癖症で、それが高じてくると、区役所の仕事をさぼって家に掃除に帰る。
 全く呆れる話だが、公務員は暇なのだ。だが、その度に僕や家族は部屋の外へ追い払われ、掃除が済むまで中へ入れてもらえないという苦難を強いられたのだ。その兄貴が結婚すると知り、僕は独りで盛大に祝杯をあげた。これで兄貴の潔癖症に付き合わされなくても済むと、喝采した。
 だが、甘かった。嫁さんの下着も、なにもかも嬉々として洗濯するようになったのだ。むろん、掃除もだ。当然、嫁さんは呆れ返る。定年間近の夫婦ならともかく、新婚さんの嫁さんが掃除はおろか、洗濯もさせてもらえない。彼女は嘆き、兄貴との別居を主張した。ところが兄貴は姑息というか、僕たちとの別居にすり替え、ひらつきという姓まで嫁さんの柏谷に変え、彼女をなだめてしまった。
 そんな具合で、ルーズで倦怠感に憧れている僕とは何事も対照的で、兄貴とはよく衝突していた。一回り年が離れているせいもあるが、父親が違うせいかも知れない。兄貴を産んで直ぐ夫が病死し、その夫の弟と僕の母は安易に再婚したのだ。そして姉と僕と弟の三人を産んだわけで、兄貴とは異父兄弟になる。
 そんな経緯で柏谷景子と新婚生活を始めた兄貴だが、例の病癖を新居でも発揮し続けたらしい。それが、ベランダに揺れている景子のパンティだ。兄貴の本領を誇らしげに見せるように染み一つなく綺麗に洗濯され、風に揺らいでいる。姑の前では存分にののしることもできず、別居によって兄貴を説得できるとおもっていた景子も〈彼の性格〉として諦め、兄貴の病癖を容認する気になったらしい。訪ねていった僕へ、自身のパンティを見せつけながら妖しく微笑んだのだ。
 
 
 
 
〜〜『狂悦の時間』(北原双治)〜〜
 
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