由布木皓人 新妻と少年
目 次
プロローグ
第一章 恥辱
第二章 淫辱
第三章 汚辱
第四章 屈辱
第五章 凌辱
第六章 魔辱
第七章 悶辱
第八章 羞辱
第九章 怖辱
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プロローグ
小高い丘の上に向かう道を、白い乗用車が車体を揺らしながら走っていた。あたりは山林を切り崩した、一面が赤土だらけの造成地で、まだ舗装されていない切り通しの道は、坂をのぼりきったところで未完成のまま行き止まりになっていた。
車が土埃を舞いあげてとまった。
前方に見える小山では、暖色に葉を染めかえた木々が、秋の爽やかな陽射しを浴びながらそよそよと梢を揺らしている。済みきった青空だった。真っ白な鰯雲が、ゆっくりと群れをなして泳いでいた。
水島令子は車からおりると、秋風にソバージュのロングヘアーをそよがせ、ぶらぶらと気まぐれな散歩をはじめた。
静かで人気のない、広々とした空間だった。しかしこのあたりも、一年後には建売住宅の建ち並ぶ、ベッドタウンの一角になってしまう。こんな広々とした空間が楽しめるのも、きっと今年が最後に違いない。
令子はそんなことを思いながら、赤土の起伏のなかにぽつんと残された、小さな池のあるところまで歩いていった。
池は直径が四十メートルほどの、丸い小さな沼のような池だ。水はいつも緑色に濁っていて、底を見せてくれない。水面だけを鏡のように磨きあげて空模様を映しだし、人にその深さを知らせまいと隠しているみたいだった。令子は、この赤土に囲まれた、なんの装いもない無防備な池が気に入っていた。
この池はきっと、まわりに住宅が建ち並んでも、住民に憩いを与えるような、公園のなかの可愛らしい池に造り変えられて残されるのだろう。池のまわりには石畳の小道が造られ、ところどころに桜の木や銀杏の木が植えられる。それもベッドタウンづくりの計画としては悪くはないだろう。でもやはり令子にとっては、雑草も生えていない殺風景な赤土ばかりの造成地に、緑色の丸い穴がポカンと開いているように見える、この裸のままの池のほうが、なぜか気に入っていた。
池のところまで来ると、いつもは誰もいない場所なのに、珍しく先客があった。Tシャツを着た十二、三歳の少年で、学生ズボンの裾をまくりあげ、脚を膝のところまで水に浸けて、なにやら魚捕りの網ですくっている。このあたりでは珍しい光景だった。池の端には、陽射しを浴びた青いポリバケツが置かれ、その横に、学生服の上着が無造作に脱ぎ捨てられている。
令子はしばらくの間、遠くから少年の様子をうかがっていた。
少年は錆びた折れ釘のようにかがみ、長く伸びた前髪を垂らして、夢中で水のなかをのぞきこんでいる。この地区の住宅街に住んでいるのだろうか、色白で品のある、可愛らしい顔をしていた。
近くの住宅街の住民には中流階級のサラリーマンが多い。そのせいか、小学生でも高学年になると勉強に追われて、外で遊ぶ子供の姿をあまり見かけない。令子は北海道の広大な土地に育った自分の子供の頃を思い起こし、少年の独り遊びを見つめながら、懐かしさにふと郷愁を覚えた。
少年の手にした網が、水のなかから現われた。網の底で、捕らえられた獲物が空中にかざされて、ピチピチと威勢よく跳ねた。少年は網の柄を手繰りながら、急いでポリバケツのなかに獲物を入れにいく。
こんなちっぽけな池で何が捕れるのだろう?……
令子はゆっくりと、池の端に歩み寄っていった。少年は令子が近づいてくるのに気づくと、顔をあげてチラリと上目づかいの視線を投げかけてきた。
「こんにちは。何を捕っているの?」
「…………」
少年は何も応えてくれなかった。しかし顔をそむけることはなく、ただじっと令子の顔を無表情で見かえしていた。
「あら、ザリガニね。こんなにたくさん捕まえたの」
令子がバケツのなかをのぞきこんで言う。
なかには十匹ほどのアメリカザリガニが、大きな赤いハサミをかざしながら、カサコソと音をたてて蠢いていた。
「中学生? この近くに住んでるの?」
「…………」
それでも少年は、じっと令子を見つめているだけで、何も応えてくれない。
「ずいぶん口が重いのねえ。知らない女の人としゃべるのは苦手かしら」
少年は無口で無表情だが、目鼻立ちの整った可愛らしい顔をしている。しかしよく見れば美少年ともとれるその顔つきには、冷たい仮面のように表情がない。聡明そうな額の下で切れ長の目が、鈍いとも鋭いともつかない得体の知れぬ光を放って輝いていた。
この子が口を開く時は、どんな言葉が飛びだしてくるのだろう?……この子が笑ったら、どんな可愛らしい笑顔を見せるのだろう?……でも普通なら、今は学校に行っていなければいけない時間なのではないだろうか?……
令子がチラリと腕時計に目をやると、針は三時前をさしていた。
とても不良少年には見えないが、やはり何か事情があって学校をさぼっているに違いない。体は華奢で、骨ばった背中には寂しげな孤独の陰がはりついていた。
同級生たちからイジメにでもあっているのだろうか?……親や教師たちは、この子がこんなところで、まるで小学生みたいに独りで遊んでいるのを死っているのだろうか?……
令子は貝のように口を閉ざしている少年に、少しだけ興味を持った。
「学校でもそんなふうに、誰とも口をきかないの?」
少年は令子の質問を無視して、また池のなかに入っていく。
令子はポリバケツの前にしゃがみこんだ。少年がまたザリガニを捕まえて戻ってくるのを待とうと思った。
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