官能小説販売サイト 由紀かほる 『[スチュワーデス解剖学]女神の堕ちた夜 〜前編〜』
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由紀かほる   [スチュワーデス解剖学]女神の堕ちた夜 〜前編〜

目 次
FLIGHT I
FLIGHT II
FLIGHT III
FLIGHT IV
FLIGHT V
FLIGHT VI

(C)Kaoru Yuki

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   FLIGHT I

     1

 成田のJANの本社ビルを出て、かたは愛車のシートに腰を沈めた。淡いベージュのタイト・ミニから伸びる、すんなりと長い両脚を閉じたまま、腰を軸にクルッと身体を回転させてドアを閉める。
 少し離れたところに停った車の中から、こちらを向いていた若い男が、口惜しそうな表情を見せている。
 麻貴はシワを刻んだミニの裾を引っぱってから、ハンカチをミニから太腿の上にのせた。膝上二〇センチのミニはタイトなだけに、座るとさらに一〇センチはズレ上がった。いくら手で引っぱっても、堂々と発達した太腿に弾かれて、ミニは付根に向かってズレ上がってしまう。だから、ハンカチは絶対に必要だった。
 エンジンをかけ、白いハイヒール・パンプスでアクセルを踏み込んで、勢いよく駐車場を飛び出した。
 めずらしく自分がイライラしているのがわかった。国際線のスチュワーデスとして、麻貴は今年ついにパーサーに昇格した。一人の女としてよりも、社会人として、いわゆるキャリア・ウーマンとして認められたことがうれしかった。
 もともと感情の起伏は小さい方ではなかった。が、スチュワーデスという華やかながら、ハードな仕事によって自分をコントロールするすべを身につけていた。たとえどんなイヤな乗客がいても、それを笑顔と堂々とした態度と威厳によって、巧みに手なづけるだけの器量が備わっていた。
 そんな麻貴の姿に憧れを抱く後輩スチュワーデスも多かった。組合の幹部に選ばれたのも、それなりの裏付けがあったからだ。
 その麻貴の気持ちを逆撫でしたのは他でもない、今日交渉を行った会社側の役員であるまたきくの存在だった。
 認めるのも何だか腹立たしかった。が、事実はどうしようもない。
 グリーンのハーフの色つき眼鏡と口髭がトレード・マークの亦野はイヤラしさを絵に描いたような中年男だった。
 額の広さはとりあえず知性のあかしとも言えるが、亦野の場合は禿げ上がったと言った方がよい。オール・バックの髪にパーマをかけて、色白の顔に薄い唇が妙に生々しいピンク色をしている。笑うと金歯がキラッとのぞき、指にも三つ四つリングを光らせている。
 恰好はキザだが、それが似合っていない。そのことに当人が気づいていないのは、何ともご愁傷さまとしか言いようがなかった。
 もっともそれだけなら、こちらが見なければ済む。
 我慢ならないのは、その眼つきのイヤラしさだろう。一言で言って粘っこい。それも無遠慮だ。
 最近でこそ、セクハラが問題になり、尻を撫でるような真似はしなくなったが、口の方は相変らずだった。初対面のとき、麻貴の肢体を舐めまわすように見つめた亦野は、
「君のような超美人のスチュワーデスは、もっと短い超ミニの制服を着てもらいたいねえ」
 と言ったのが忘れられない。
 その眼つき、しゃべり方、どれも不快極まりなかった。以来、麻貴は亦野を生理的に嫌っていた。
 今日はその亦野の視線を五時間にわたって浴び続けていたのだ。長くても二時間で終るところを、亦野側がノラリクラリと返答をかわしたために、ここまでズレ込んでしまったのだ。
 今夜、麻貴はデートの約束があった。わざわざ二〇センチのミニを選んだのもそのためだ。それが潰れかけている。
 一度、休憩時間にトイレに立ったとき、麻貴は廊下で亦野と鉢合わせになった。麻貴の前に立ち塞がった亦野は、金歯を光らせ、
「いや、うれしいよ。JAN・NO1美人パーサーの四方麻貴クンのミニ・スカート姿を拝見できて。これなら交渉が明日まで延びても全然かまわない。さすがに並みの女とはレベルの違う太腿をしている」
 麻貴は思わず、長時間座り続けてシワの寄ったミニを引き下ろした。
「膝上二〇センチ、いや、二二、三センチかな」
 亦野は、シゲシゲと太腿を眺めながら続けた。
「やっぱり、わが社のスチュワーデスの制服は二〇センチのミニに変えるべきだな」
 冗談のような話だが、会社側は賃上げの代りに、スチュワーデスの制服を現行の膝下までのものから一気に二〇センチのミニに変更するという条件を突きつけてきたのだ。
 それで乗客を増やそうという考え方が、麻貴には腹立たしい。というより情けなく思えていた。
 当然正面から反対した。かつて制服がミニだった時代の苦労を、先輩スチュワーデスからよく聴かされたものだった。
 今思い出しても、あのときよく自分の手が亦野の頬を叩かなかったものだと思う。結局、五時間かけて、交渉は何の進展も見せなかった。
 車を高速に入れながら、麻貴は馬鹿ばかしいと思った。
 大学病院の助教授をしているさえじまとは、Y県で開かれる学会の後、富士五湖をドライブする予定だった。
 が、麻貴が遅れたために、冴島は学生時代からの親友である外科医のまきひでまろのところに寄って酒を呑んでいた。先ほどの電話ではひどくご気嫌だった。
 冴島は酒は好きだが、強くはない。簡単に酔いつぶれてしまう。ドライブは無理でも、せめて静かな場所で食事ぐらいは愉しみたかった。

     2

 秀磨の病院の裏手にある家で、冴島は案の定酔いつぶれて、居間のソファで眠り込んでいた。
「ごめんなさい。ご迷惑をかけて」
「いや、何でもない。冴島は親友だし、そのまま寝かせてやればいい。麻貴さんも一緒に泊まっていったらいいんだ」
 秀磨はテーブルの反対側のソファに座り、
「まあ、どうぞ。たまには僕と呑んでくれませんか」
 言いながら、スコッチの水割りを作りはじめた。
「ええ――」
 麻貴は躊躇ためらった。正直なところ秀磨と呑みたいとは思わない。冴島の親友ということで、何度か顔を合わせてはいる。が、秀磨という男には好感が持てなかった。
 一言で言うと、人間らしい感情というものが感じられないのだ。表情が乏しいと言えばそれまでだが、職業柄か人をひどく冷ややかに見ている感じがしてならなかった。
 が、今眠りに落ちたらしい冴島を起こして、無理に車に乗せるのも気が引けた。
「じゃあ、一杯だけ。薄く作って頂けて」
 覚悟を決めて、麻貴はソファに腰を下ろした。
「実はさっきまで冴島と女性の美しさについて議論していたところなんだ」
 秀磨は無表情のまま口もとだけを早く動かして話し出した。
「冴島は、女性の美しさは自然が一番いいと言うんだな。でも僕は違う。女性は美しくなるためにあらゆる努力をすべきだと思ってるんだ。だからこそ美容整形の道に進んだわけだけど、およそ世の女性は全て整形手術を受ける必要があると言える。いや、それではじめて女性と呼べる存在になれるんだ。つまり、ほとんどの女性は女性じゃなくて、その一つ前の段階の存在にすぎないわけだよ」
 以前にも、秀磨の持論を聴かされたことがあった。麻貴は本気にはしなかった。が、どうやら本気で秀磨が女をそう見ていることがわかりはじめてきた。
「ずいぶんと前時代的な言い方をなさるのね」
 麻貴は秀磨の坊っちゃん刈りの下の、黒縁の大きな眼鏡を見つめて、口を挟んだ。
「一つお聴きしますけど、仮りに一人の女性の美容整形をなさるとして、その基準となるものはどこにあるのかしら」
「僕の中ですよ」
 迷わず秀磨は答えた。
「僕の美意識に基づく女性美だ」
「すごく独善的ですのね」
「いや、さっき前時代的と言ったが、僕の女性像はミロのヴィーナスに比べて何百年も進んでいるよ」
「じゃあ、今までにそういう女性をご存じなのね」
「いやいや、残念ながらまだだよ。でもそういう女性を自分の手でつくり出すのが僕の夢なんだ」
 
 
 
 
〜〜『[スチュワーデス解剖学]女神の堕ちた夜 〜前編〜』(由紀かほる)〜〜
 
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